Silver No.16 ART 77 Million Paintings BRIAN ENO

アンビエント・ミュージックに息づく ブライアン・イーノのプリミティブな感性

77 Million Paintings

ブライアン・イーノという名前を聞くと、多くの人が反射的に思い起こす言葉がおそらく「アンビエント・ミュージック」であろう。音楽を意識させない「環境音楽」を意味する用語であるが、創始者であるイーノがその第一弾として発表したアルバム『ミュージック・フォー・エアポーツ』は、文字通り空港内で流す音楽としてニューヨークのラガーディア空港で今もBGMとして流されているのだ。4曲のインストゥルメンタルからなるこのアルバムは、空港のザワザワとした音の渦の中においても、それを中和化するべく巧妙に構築されたミニマル・ミュージックであり、今にいたるまで音楽家イーノの代名詞ともなっている。

空気のように柔らかなその音楽は、ただ聞き流すことも、逆に意識を集中させて聞き入ることもできるわけだが、特殊ともいえるイーノの発想はいったいどこから来たものなのだろうか。それを考える時に、本号のテーマである「プリミティブ」という言葉が、もしかしたら一つの鍵となるような気がする。というのも、生活との結びつきが密接だった古代のプリミティブな音楽は、シャーマニズム信仰による儀式などに付随し、気の流れに沿って自然派生した歌や舞踊がはじまりとされているが、そのことが太古の音や時間や気の流れが感じられるイーノ・サウンドに近いような感じがするからである。

このプリミティブという要素に加えて、それまでの伝統的な作曲方法から外れ“音楽の異端児”と言われたフランスの作曲家であるエリック・サティにイーノは多大な影響を受けたとも言われている。静謐なサティの音楽は「家具の音楽」とも呼ばれ、ただそこにあるだけの、日常の中にありながら聴くことを目的としないというコンセプトから生み出されたものだった。イーノはサティの革新的な技法をまさに踏襲しながら、シンプルな音と旋律により少しずつ移ろいゆく音楽を追求していったわけだが、それは瞑想的な感覚を伴うものであり、今どき流行りの倍速視聴などとは真逆の、プリミティブな感性でじっくりと立ち止まり思考することを促すような音楽であった。

英国サウサンプトンのウィンチェスター美術学校で美術を学んだブライアン・イーノは電子楽器に関心を抱き、在学中からアマチュアグループで音楽活動をスタートした。その後、当時隆盛し始めていたグラム・ロック・シーンで人気を得るようになるバンド、ロキシー・ミュージックにシンセサイザー奏者として加入。アート志向が高かったその派手なバンドにおいてもイーノは奇抜なファッションで注目され、『ロキシー・ミュージック』と『フォー・ユア・プレジャー』という2枚のアルバムでその際立った存在感を示すも1973年に脱退。

ロキシー・ミュージックを去った翌年に、ソロデビュー作となる『ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ』で個性豊かなマニアックなサウンドを打ち出し、さらにイーノのポップなポテンシャルが凝縮された『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年)と『ビフォア・アンド・アフター・サイエンス』(1977年)という傑作アルバムを生むことになる。イーノの名前がより広く知られることとなる「アンビエント・ミュージック」を展開していくのはそれ以降のことであったのだが、イーノの類稀なる才能は、デヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズ、U2などのアルバムにおける音楽プロデューサーとしても遺憾なく発揮されていくことになる。

このように時代の先端をいく揺るぎなきポジションを築いてきたイーノであったが、慈善団体「EarthPercent」を通じて気候変動問題の解決を目的とした熱心なアクティヴィストという顔も持つ。さらには、音と光がシンクロしあう「ジェネレーティヴ・アート」という空間芸術を早い段階から取り組んできたことで、ヴィジュアル・アーティストとしても革新をもたらしたことでも知られていて、なんとも嬉しいことに国内では初となる大規模な展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」が、現在京都の歴史的建造物を使って開催されているのだ。しかも、過去の代表作3作品に加えて、毎秒30人ずつ、36,000人以上の新しい顔を誕生させる、世界初公開作品となる新作『Face to Face』も展示されているが、ともかくこのようなイーノによる驚くべき創作活動は、根源的な要素を取り込みながら、現代、そして未来へ繋がっていくような革新的なものへと変換してきたというわけである。

掲載している作品は、今回「BRINAN ENO AMBIENT KYOTO」で展示される4作品のうちの1つ、「77 Million Paintings」である。16年ぶりに日本で公開される本作は、イーノが長年かけて描いたペインティングや写真をゆっくりと変化させていく、まさに移ろいゆく景色のようなヴィジュアルアートを代表する作品。

BRIAN ENO AMBIENT KYOTO
会期:2022年6月3日(金) – 8月21日(日)
会場:京都中央信用金庫 旧厚生センター

Photo Juliana Consigli Text Taka KawachiAMBIENT KYOTO

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