ART & CRAFTS Potter MASAOMI YASUNAGA
緻密な計算によって完成する 釉薬の新たなる表現方法
クリエイティブディレクターとして幅広い見識を持ち、ギャラリー運営も行う南貴之が、今気になる作家を紹介する本連載。今回は、“釉薬(陶磁器の表面をコーティングするためのガラス膜)”を素材にした器づくりを行う安永正臣をフィーチャーする。本来は液体のため重力に流されて垂れ落ちる釉薬を、独自の調合によって粘度を上げ、自立した器にするなど新たな可能性を広げる活動が評価されている安永。そもそもなぜ彼は釉薬に目をつけたのか?素朴な疑問から話を聞いた。
「学生の頃から釉薬を主体にした表現に惹かれていたので、釉薬の粉だけを窯の中で焼いて固めるなど、釉薬の可能性を実験していたんです。釉薬は溶ける素材なので、焼成中は重力に抗えずに垂れ落ちていきます。だから本来は造形として自立させるための素材ではありません。それを理解した上でも釉薬を主体にした表現をする人は何名かいるのですが、造形を意図して作り上げることはほぼ誰もできていませんでした。そのことに対して悔しさを感じていたんです。自分の意図で釉薬を造形したり、変形させたいと思ってました。『どうすればできるか』と日々色々な人と議論していたのですが、ある時『何かを混ぜて手捻りにすると形にできるのでは?』というアイディアが生まれたんです。調合の配分は秘密ではあるのですが、試行錯誤の上で手捻りができる釉薬を生み出すことができました。最初は小さな壺を作ることがやっとでしたが、日々釉薬に触れるほどに新たな情報がわかってきて、その次に挑戦できそうな可能性が一つずつ見えてきたんです。今では1メートル四方ほどの大きさでも作ることができます。釉薬を手捻りして造形することが僕のオリジナリティになりました」。
安永の作品が偶然ではなく、全てコントロールして意図された形であることには驚きだ。さらには色の発色も安永は自分の狙ったものにできるという。「経験をもとに素材の調合比率や焼き方から釉薬の変化を計算しています。過去5年間ぐらいでヒートグラフ(温度によって釉薬がどう変化するかを計測してまとめたデータ)を150パターンぐらい試して作りました。それを参考にして焼き方を決め、その結果をまた新たなヒートグラフにするという作業を繰り返しています。今ではかなり高精度に釉薬の色の変化や溶け方をコントロールできるようになりました」。
掘り起こされた数百年前の出土品のようにさえ見えつつ、その表現を緻密な計算から意図して生み出す安永。そんな自身の活動はあくまでも“陶芸”だと彼は言う。「学生の頃から変わらず今も陶芸をし続けていると思っていますし、作っているものは全て“器”です。僕の全ての理論や行為は陶芸の手法を軸にして応用しています。陶芸家でありつつも、陶芸家以上のことをできるようになりたいんです。僕が生み出す作品があることで、陶芸の次の世代がまた新たな可能性を見つけるきっかけになればと信じて日々試行錯誤を積み重ねています」。
安永正臣
大阪産業大学工業学部在学時に前衛陶芸集団「走泥社」で活躍した星野暁教授と出会い、現在の作風を歩み始める。三重県伊賀市に工房を構え、ロサンゼルスのノナカヒルギャラリーやイギリスのリッソン・ギャラリーなど国外での作品発表も積極的に行っている。
南貴之
アパレルブランドのグラフペーパーやフレッシュサービス、ギャラリー白紙など幅広いプロジェクトを手掛ける。5月にはグラフペーパーの新店舗を名古屋に、6月3日(土)にはグラフペーパーや食とカルチャーの複合型セレクトショップを東京の参宮橋にオープン。
Select Takayuki Minami Photo Sean Hazen | Interview & Text Yutaro Okamoto | Special Thanks Nonaka-Hill |