Interview with Jonathan Cross
ジョシュアツリーの環境が生み出す 荒くも美しい彫刻たち
砂漠の景色に魅せられ
はじまりは植木鉢から
温暖な気候に加え、美しい自然に恵まれたカリフォルニア。そして、様々な人種が入り混じり多様な文化が混在していることによって生まれる多くのインスピレーションから、かねてよりこの地では優れた陶芸家たちが多い場所でもある。そうしたカリフォルニアの陶芸文化の中で、まるで未来都市の建造物のような作品を作っている作家がいた。作家の名前は、ジョナサン・クロス。ニューヨークやロサンゼルスの感度の高いギャラリーでも注目を集めているジョナサンは、どういった人物で、どういったインスピレーションで作陶しているのか。ロサンゼルスから車で約3時間、彼のアトリエまで足を運んだ。
見渡す限りの砂漠風景をまっすぐに走り抜けるハイウェイ62。ここはカリフォルニアのトゥエンティ・ナイン・パームズという、ジョシュアツリーのさらに奥にある街の外れで、ジョナサン・クロスの工房はこの開かれた暑い太陽の照りつけるランドスケープの中に静かに佇んでいる。「ジョシュアツリーは僕にとっての初めての砂漠でした」と話すジョナサンは、友人たちと訪ねた15年以上前の衝撃を振り返る。「この土地の色、光の質、そしてサボテンをはじめとする植物たち。なんて美しいんだ、と感動しましたね」。まだアリゾナやニューメキシコの砂漠を体験する前だったジョナサンにとって、このロサンゼルスからほど近いハイデザート(標高の高い砂漠。ジョシュアツリーは標高800m)の荒削りの風景は、青年期に没頭したSFの世界にも通じる美学に訴えかけてくるものだった。機会を作っては何度も通ったというこの砂漠を身近なものとするために、まずはサボテンに夢中になったという。
「当時は何の面白みもないロサンゼルスのコリアタウンのアパートに暮らしていたのですが、日当たりのいい窓辺があって。部屋の雰囲気を作る意味でも、そこにサボテンを集めて置くようになったんです。でもどうも気に入る鉢がみつからなくて」。それなら自分で作ってしまおう、とサボテンのための器を作り始めたことが、彼の陶芸との出会いだった。一時は500種にも増えたサボテンだったが、徐々に器の彫刻美の面白さの方に傾倒していったというジョナサン。その後テキサスとアリゾナで合わせて5年間の修行を積み、窯作りなどの技巧から釉薬の化学的知識までを徹底して身につけ、改めてカリフォルニアに戻ってくることになる。
現在は4人の子供と奥さんと暮らすロス郊外の家を拠点とし、週三日を砂漠の工房での制作に当てているというジョナサン。ここには全て手で作り上げた薪とガスの窯がそれぞれ置かれ、作品倉庫やスタジオに改造されたコンテナが数個、開かれた土地に整然と配置されている。敷地に元々あった小さな家の寝室で目覚めると、まずは水一杯を手に外に出るところからジョナサンの1日は始まるという。「砂漠の光は直射日光のみ。くぐもった光が一切ない苛酷な環境は、作る作品のフォルムや表面をくっきり照らし出す効果があって、彫刻的な意図を観察しやすいという利点もあるんです」。
インスピレーション源は
SF映画のディテール
砂漠風景によく馴染むジョナサンの作品は、鉱物にも似た多角形のフォルムや岩山の切り出しを彷彿とさせる、無骨な彫刻として様々なスケールで存在する。そこにはリチャード・セラやマイケル・ハイザーなどの彼が尊敬する現代美術家からの影響もシンパシーとして感じられるが、同時に“ブレードランナー”や“スターウォーズ”といったSF映画のディテールにも共鳴する世界観が陶土を駆使して表現されている。「特に80年代のSFものが大好きで。陶芸を始めて最初に意識したのがあの有名な長次郎の黒楽茶碗シリーズ(千利休が1500年代中期以降にプロデュースし、楽家の初代長次郎が作ったとされる楽焼茶碗)だったんですが、僕の妄想の中では“スターウォーズ”のヨーダがその長次郎の黒茶碗を使って食事をしていた(笑)」。そんなジョナサンのユーモアによって器がサボテンの鉢となり、彼の作風の原点となる造形が生まれてきた。
「家というのは人の暮らしが入る容れ物です。家具やプランターを置くことで、建築空間をよりよく演出する効果があるのではないかと思います。さらに鉢となる器は、サボテンや植物の容れ物。彼らの家となる容器にどんな面白みを持たせられるか、といつも考えているんです」。独自の美的世界から引用されるジョナサンの表現は、なたやノミを使って荒くも器用なジェスチャーで実践され、あっという間に陶土の固まりからフォルムを削り出す。乾燥した気候の中で目指す硬さに準備された粘土に手を加える制作は、静かな夜に一人で取り組む作業だとか。「砂漠の夕景は街の夕刻時と違って、感覚に訴えかけてくるものがあるんです。1日の終わりに夕日を眺め、それから夕食を作って、メスカルをちびちび楽しんだりします。食べ終わって片付けて外に出ると、大概月が出始める頃。体とマインドがほぐれたその段階で、僕はスタジオに入るのが好きなんです」。家族との暮らしと切り離されている寂しさの一方で、囲まれた自然に身を委ねることのできる砂漠での時間は制作に没頭できる環境を作り出すのだろう。
目で見て触れて楽しめる
テクスチャーへのこだわり
この夏、より大きな作品を焼けるように拡張する予定だという薪窯の横にはコットンウッド、ユーカリ、柑橘の3種の薪が均整に積み上げられている。釉薬を使わない、というジョナサンはこの3種の木灰から得られる色味と効果が好きなのだそうだ。「そもそも薪窯を使いたいから、広大な土地に工房を設けている、というのもあって。この窯では灰と燃えさしが直接作品に触れることで、表面に灰が焼きついて陶土に溶け込み、独特な質感に仕上がるんです。なんというか、地衣類や苔が石に生えているようにも見えませんか」。自然界に存在していそうな質感や色味に到達するため、これまで探求を重ねてきたジョナサンは、今では想定内の偶然から生まれる驚きを窯開きの度に楽しんでいる。身の回りで採掘した石を砕いて粘土に練り込んだり、理解のある業者から「明るめの地層が出た」と聞いては粘土の山を譲り受けたりして、独自の素材の研究にも余念がない。
「大きな彫刻作品を作る機会も増えてきた」、というジョナサンだが、今でも大事に作り続けているという“メスカルカップ”は日々の暮らしでも使用できそうなスケールで愛おしささえ感じる。端正な面々からなるカップはどれもユニークな一点もので、片手に収まる大きさながら存在感は彫刻オブジェに決して劣らない。「妻と旅したメキシコのハリスコ州で、メスカル醸造のプロセスを見る機会があって。使われるアガベの種類の多さから多彩な風味への仕上がりまで、その丁寧な作りは目から鱗の体験でした。メキシコではコピータと呼ばれる陶器でメスカルが出されますが、低温土器だから香りがついてそれがとてもいい名残になって。そんな文化に敬意を込めて、自分なりのメスカルカップを作ってみたんです」。そう言って訪問した私たちに、メスカルの入ったカップを渡してくれたジョナサン。手で持つだけではなく、彫刻に口で触れるという体験は、儀式的な畏怖を伴っていた。そんなカップの底には、どれも指が添えられる窪みが彫られている。手で触れることでフォルムを楽しんでほしい、という作り手の配慮がいとも暖かいディテールが印象的であった。
Photo Sean Hazen | Interview & Text Aya Muto Coordinate Daiki Fukuoka | Edit Takayasu Yamada |