Nate Lowman’s exhibition This Neighborhood’s Changed
Supremeも共鳴する ネイト・ロウマンのアート哲学
アメリカ史上でも最悪の自然災害の一つと言われる2005年のハリケーン・カトリーナや、今年の年明けにロサンゼルス一帯を火の海と化させた山火事、そして銃社会の恐ろしさを改めて気づかせる弾痕。誰しもの脳裏に刻まれるニュースが作品となって並んでいる。ポップな作風ながらも、読み解くことで見えてくる痛烈な社会風刺を訴える作品を手がけるのは、ニューヨークを代表する現代アーティスト、ネイト・ロウマン。シグネチャー作品でもある「弾痕と花(Bullet Holes & Flowers)」をSupremeとのコラボレーションアイテムで目にした人も多いのではないだろうか。彼のアートはなぜ人々の心を掴むのか。日本で初となる個展を開催するために来日したネイトに話を聞いた(会期は5月25日にて終了)。
ーアイロニカルな社会風刺のテーマが魅力の一つですが、テーマ選びの基準を教えてください。
幼い頃からアートを学び、クリエイティブな表現をしていました。しかし大学を卒業した2ヶ月後に9.11同時多発テロが起こってしまったのです。あの事件をきっかけに、自分はこれから何をしていくべきなのかがわからなくなってしまいました。だからこそ叶えたいことを明確にして、そこに到達するためには何をすべきか、どうすれば時間を無駄にせずに済むかをニューヨークでの生活から学びました。
その学びから、余計な装飾や意味のないことを自分はアートとして表現したくないとはっきり思うようになったのです。経験したことからイメージや言語を表現したいんです。
5社の新聞を毎日読んでいるのですが、その習慣は世界に警鐘を鳴らすべきことをテーマにする私の作品表現に大きな影響を与えています。でもニュースをすぐに作品に落とし込むことはしないですね。2年前のニュースをテーマにしたり、作品を制作してから10年後に発表することさえあります。現実社会のスピードに合わせて制作しているわけではないので、時間を超えて忘れてはいけない歴史的な出来事に興味があるんです。
ーシリアスなテーマに対して表現はポップであるバランスも特徴ですよね。
例えばハリケーン・カトリーナをテーマにした作品を例にすると、あれほど悲劇的な災害はそうありませんし、ましてや当時の政府の救命活動の無力さも大きな問題でした。アメリカの多くの問題を浮き彫りにしたハリケーン・カトリーナをどうすれば作品として成立させられるかと考えました。出来上がった作品は毒ガエルのような狂った色の組み合わせになりましたが、普通は考えないような色合いですし、だからこそ挑戦する価値のある制作でした。あまり見栄えのよくないものや災害といったテーマをいかにして美しいと思わせるか、興味を持たせるかを表現方法として考えています。
ー忘れてはいけないことを振り返ることがネイトさんのテーマ選びに重要だということですね。これはネイトさんがよく用いている手法のアプロプリエーション(アンディ・ウォーホールの「マリリン・モンロー」を代表例とする、既存のものを引用する技法)にも通ずると思いました。なぜこの手法で表現するのでしょうか。
私はゼロから想像を膨らませて絵を描くことはしません。幼い頃から存在しないモンスターやドラゴンを描いたこともありませんでした。世界にすでにあるものに反応し、解釈をしたいんです。そうすることでさまざまなテーマにアクセスし、未知の世界を知ることができるんです。
例えば私はウィレム・デ・クーニングが描いた「マリリン・モンロー」をアプロプリエーションした作品を制作しました。ウィレムは抽象主義作家としてアブストラクトな作品を多く制作したことで知られていますが、なぜマリリン・モンローだけを具体的に扱ったのかを知りたくなり、アプロプリエーションをすることで彼の考えていたことを理解しようとしたんです。何度も何度も真似をして描き重ねていくことで、ウィレムが考えていたことに少しずつ近づいていく感覚がありました。アートは主観的な活動だからこそ、アプロプリエーションをすることで他者の主観を知ることができる。その経験や学びはとてもおもしろいです。
ー今回の展示会のタイトル「This Neighborhood’s Changed」はとてもユニークですが、どのような意味を込めたか教えてください。
「この近所も変わったよね」という意味ですが、ニューヨークの人たちはこの言葉ばかり口にしています(笑)。日本でも、世界中でもきっとそうではないでしょうか。当初はこの言葉をテーマにしたペイントを作るつもりでした。この言葉の感覚は誰しもが覚えがあるはずですし、その感覚にユーモアを感じさせるような表現をしたかったんです。でも結局はこの言葉をテーマにしたペイントは作らず、20年前に制作した「弾痕と花(Bullet Holes & Flowers)」から、最新だと先週描いたロサンゼルスの山火事をテーマにした作品まで、時系列がバラバラな作品を集めて展示することになりました。結果的に展示会のタイトルを連想させる展示内容になり気に入っています。
ーSupremeとのコラボレーションも常に話題となりますが、どのようなきっかけで関係が始まりましたか。
ジェームズ・ジェビア(Supreme創業者)から急に連絡がきたんです。2006年だったと思います。Supremeのオフィスへ行って打ち合わせをして、その日のうちに私の作品をスケートボードのデッキへプリントするデザインが出来上がりました。それが私にとっての初めてのコマーシャルワークでした。それからも関係は続き、今では世界中の店舗に私の作品を置いてくれています。Supremeと過ごす時間はいつも楽しいですね。
でも一番の魅力は、私のアートをより多くの人に知ってもらう、手に取ってもらう機会ができたことです。アート作品を誰かに譲ることは慎重にするべきですが、アートワークをプリントしたスケートボードは気軽にプレゼントすることができる。私の作品がアート界だけで完結するのではなく、もっと若くて広いカルチャーと繋がることができました。私はアートを生み出すことで生きていますが、アートの売買やお金のことは考えたくないし興味もない。Supremeのチームはそういうことを一切気にさせないですし、いつも友達と過ごすような感覚にさせてくれます。今や家族のようですらあります。
今回のブックはSupremeがサポートして作ってくれたのですが、たった1週間で制作から海外発送までを行なってしまうんです。アメリカで1週間前に作った本が、もう日本に到着しているなんてワクワクしますし、気持ちがいいですよね。ネット社会の現代は何が本物かわかりづらくなってしまっているからこそ、このブックのようにリアルに手に取れることは間違いなく“本物”です。Supremeほど自由な発想と姿勢で長く活動しているブランドはそうそうないと思いますね。だからこれからも変わらず自然体な関係でいたいと思っています。
時代のニュースにアンテナを張りながらも、時代を超えて歴史として語り継ぐべき出来事を精査し、アートという名の弾にして社会に撃ち込むネイト・ロウマン。アメリカのアートを代表するリチャード・プリンスやアンディ・ウォーホールらも武器として用いてきたアプロプリエーションという手法で表現をし続けている。そんなネイトのメッセージは、これからも見る者の心に弾痕の如く刻まれていくだろう。
会期: 2025年4月26日(土)−5月25日(日)
会場: Gallery COMMON
東京都渋谷区神宮前5-39-6 B1F
営業時間: 水曜〜日曜 12:00‒19:00
休廊日: 月曜、火曜
Photo Yuki Hori | Text & Edit Yutaro Okamoto |