Style File 02 Fashion Curator Motofumi “Poggy” Kogi
大切なのは、その人のストーリーに 合っているかどうか
世界から見た東京のファッションシーンにおいて、この男以上にスタイルアイコンといえる人物がいるだろうか。ポギーというニックネームで親しまれる、ファッションキュレーターの小木基史。長年第一線で、世界のファッションやカルチャーシーンを自由に行き来する小木が改めて考えるスタイルとは。
「モードファッションは半年毎の流行を楽しむもの。それに対して、スタイルは何かと聞かれると、その人から滲み出るものをそう呼ぶのだと思います。何を着て何をするか。何を着て何を食べに行くか。何を着て何に乗るか。そういうことを繰り返しているうちに、服装と行動が馴染んでいき、例え何を着たとしてもその人らしく見えるという自然と滲み出るものをスタイルと呼ぶのだと僕は考えています。僕のキャリアは、セレクトショップから始まったのですが、諸先輩方から『男はスタイルを身につけるべきだ』と言われ続けてきました。ふとその言葉を思い出す度に、これが本当に自分のスタイルなのか?と未だに自問自答しながら日々闘っている感じです」。
コロナ禍で原点回帰した
小木の好きなもの
ファッションとスタイルは似て非なり。ファッションの業界に身を置いている以上、流行は常に新鮮で、新しいものに目移りするのが定めであるからこそスタイルを作ることは本当に難しい。ブレないスタイル、だが常にモダンであるといったバランスを持っていないと、側から見るとただ時代についてこれない古い人で終わってしまうからだ。スピードの速い現代のトレンドという濁流の中で小木もコロナ前はもがいていたという。「正直に言うと、コロナ前は最新の洋服だけで全身固めるみたいな時もやっぱりあったんですよ。でもパンデミックになって、自分を見つめ直すきっかけがありました。40歳も過ぎたのに、コロナ禍は高校生の頃ぶりに時間が余っていました。僕はその時、昔好きだったアニメや漫画を見返したりしていたんですが、その中で、ふと、幼い頃の感情が蘇ってきたんです。『自分は大人になって何をしたかったのか』と。ファッションに目覚めたのは、高校生の頃だったと思うんですが、実際はそれ以前からファッションに繋がっていたと気付くことがあったんです。それは例えば小学生の頃に見ていたキャプテン翼のアニメで、登場人物の若林くんが被っていたキャップを親におねだりしたこと。今の若い子たちもアニメから影響を受けたりしていると思うんですが、自分にもそういう時があったなと思いました。今回、昔のジャンプを紹介していますが、幼い頃にコロコロコミックから単行本を読むようになった時に少し大人になった気がしたし、ジャンプを読むようになった時に凄く大人になった気がした。その気持ちは忘れたくないと思って、自分が実際に読んでいた頃のジャンプをアトリエの本棚に置いているんです」。
小木のアトリエには、繋がりのある国内外のアーティストの作品や影響を受けた本が本棚にズラリと並んで置かれているが、その中でも一際目を引くのが週刊少年ジャンプだった。そんな、ジャンプと通じるカルチャーを体現するアイテムとして、小木が今回紹介しているのがアニメTシャツ。最近ではロエベが『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』などジブリシリーズのアイテムをファッションとして提案しているように、アニメがファッションスタイルに組み込まれることも自然となってきた。
「昨年くらいからコロナの影響も薄くなってきたことで海外の方も日本に来るようになってきました。僕は海外の若いアーティストとの交流も多いのですが、食事をしながら話をしていると、結構みんな秋葉原に日本の古いゲームを買いに行ったりしているんです。今、東京の古着屋でもバンドTシャツやラップTシャツに続いて、アニメTシャツが密かに盛り上がっているのですが、彼らにアニメTシャツが盛り上がっていることを伝えると、『マジか!』って感じですぐに買いに行ったり。日本だとまだアニメや漫画ってオタクっぽいとネガティブに思われる部分もありますが、海外だともうクールなカルチャーになってきているんです。僕も今、アニメTシャツは30枚くらい持っているのですが、ジブリやエヴァンゲリオン、聖闘士星矢や松本零士さんのクイーン・エメラルダス、あとは、サムライチャンプルーやカウボーイビバップなど、リアルに見ていたものを中心に買っています。僕はそういうアニメTシャツを僕は、スーツやボロボロのGジャン、それにダックのウエアと合わせて着るのが好きなんです」。
今までになかったような
スタイルを作る楽しさ
今回、ダック生地のヴィンテージのカーハートも小木のスタイルアイテムとして提案をしてくれているが、これらは小木のベースにあるヒップホップカルチャーに通じる特別な存在だという。
「カーハートは100年以上の歴史があってもファッションやカルチャーと密接なブランドです。ここ数年はデニムのようにダック生地を定番として着続けています。リーバイスのヴィンテージは今、すごい価格になっちゃっているじゃないですか。それはロックTやラップTもそうで、若い子は到底買えない値段になっています。でもアニメTシャツやヴィンテージのカーハート、僕が乗っているポルシェも頑張れば買えるような値段です。みんなが良いとしているものって、すでに価値があって値段がすごいことになっていることが多いんですが、高いものが良いという訳ではないと思うんです。でもそういった高いものを持った人と接していると、『なんで自分はそういうものを持っていないんだろう』と思ってしまったり。そうなると本当に自分が良いと思うものがわからなくなってくるんですよね。ちゃんと身の丈に合ったもので、自分らしいスタイルを作っていくことの楽しみを若い人たちに伝えていけたらと思っています。
日本はファッションが好きな人にとっても夢の国だし、アニメやヴィンテージも豊富。そのアーカイブに囲まれて生活しているという贅沢に意外と気付いていない。海外の人たちにはとても羨ましがられていすよ。サッカーの本場で育った人がサッカーを愛するように、日本にいる僕たちがアニメやヴィンテージをめちゃくちゃ愛している。そのスタンスでいるっていうのはとても自然でアリなことなのかなと最近は思うんです。カッコイイ写真集が並んでいる本棚も良いけれど、古いジャンプが並んでいたらそれはそれで新しいんじゃないか。今までになかったような価値観や自分らしいスタイルを作っていくことは凄く楽しいことだと思います」。
アイコニックな髭とハット
小木を知る誰しもが考えるアイコニックなスタイルといえば、ハットに髭、そしてジャケットを自由に着るそんなスタイルだろう。今回のスタイルファイルの最初のページには、顔はあまり映らなくてもハットや髭、ジャケットといったそれらの要素が見えることで小木だとわかる、そんな写真をあえて撮影した。世界でも通用する日本を代表するスタイルアイコンといっても過言ではない存在の小木。特に、ハットに髭という特徴的な顔周りのスタイルは、いつから生まれたのだろうか。
「2005年ぐらいから、仕事で海外によく行くようになったんです。欧米の方たちからするとアジア人はみんな一緒に見えるみたいで、何か特徴がないと覚えてもらえなかったんです。何かに影響を受けたというよりは、きっかけはそういう理由があるかもしれません。僕はジャケットスタイルが好きなんですが、それでカルチャーの匂いを出すのってちょっと難しいんです。80年代にバスキアがアルマーニのスーツを着ていましたが、当時の写真を見るとカルチャーの匂いがしますよね。単純にヘアスタイルも効いていて。やっぱりあのドレッドヘアって格好良い。日本人の普通の髪型だとどうしてもおじさんになってしまうから、かぶりもので違う匂いを出していくしかない。ハット以外にも色々な帽子をかぶりますが、ハットはジェントルマン的な要素を取り入れたかったからですね。この前もパリのメンズファッションウィークに行きましたが、ハットをかぶっている人は本当に誰もいなかった。だからこそ、逆にかぶろうと思って最近はまたハットに戻っています。スーツは、コロナで外に出れなくなったことでより着るようになりました。『ハレとケ、ケガレ』という概念が日本にはありますが、晴れの反対が褻。そして褻の状態が続くと気枯れで枯れてしまう。人間は定期的に晴れの日の格好をしていないと腐ってしまうもの。だから、自分にとってはスーツやジャケットを着ることがウェルネスにも実は繋がっていると思っているんです。着ることで気持ちも定期的にリフレッシュできる。コロナ以降、そうした考えもあって結構着ていることが多いです。でも、スーツで自分らしさを出すのって、やり過ぎるとおかしなことになるし、すごく難しい。難しいからこそ楽しいんです。最初の写真で着ているジャケットとシャツはタカヒロミヤシタザソロイスト.のものですが、逆向きに着ることを想定して作られている。最初に見た時は驚きました。こういう服を作るデザイナーが日本にいらっしゃることが嬉しくてすぐに買いました」。
王道を自分らしくチョイスして
乗りこなす楽しさ
そんな小木のスタイルの中でも、新鮮だったのが愛車のポルシェだ。人とかぶるものが嫌な天邪鬼な性格と知っていただけに車の王道といえるポルシェには少し驚いたのだが、話を聞くと理由に納得する。
「スタイルがどうとか考えるのって、基本的にはひねくれ者だと思うんですよ。みんながそっちに行くなら、俺はこっちに行くぜって。自分もそういうタイプなので、捻くれれば捻くれるほど、本当に訳の分からないものになっていくんです。ポルシェとか腕時計でいえばロレックスみたいな、いつの時代も常に良いと言われ続けているものから僕は逃げていたんですが、そうした王道なものの中で自分らしさを見つけていくことの魅力をポルシェに乗り出した最近になってようやく出来るようになってきました。昔から車は好きで、若い頃はホンダのシティを2台乗り継いだりしていたのですが、家族ができて、子どもが生まれたりする中で実用的な車を乗るようになっていきました。でも息子ももう高校に上がり、休みの日に一緒に遊びに行くことが減ってきて、自分が乗りたい車をまた意識し始めた時に友達であるアーティストのダニエル・アーシャムが乗っていたポルシェに影響されて『良いな』と思い始めたんです。ポルシェ911は、60年間も同じモデルで基本的な形もほとんど変わっていない。しかも後輪駆動を貫いて独特な乗り心地をみんな楽しんでいます。デニムでいうリーバイス 501に近いものを感じた。そして調べれば調べるほど魅了されていきました。それで一度乗ってみたいなと思って探し始めて出会ったのがこの996。これは、後輪駆動ではなくてカレラ4という四輪駆動で、水冷エンジン。それでも都内を走れば僕にとって充分にグルーヴ感を味わうことができた。レインフォレストグリーンメタリックというカラーリングも良い塩梅で主張しながらも悪目立ちしない色味で気に入っています。街でも自然の中でも馴染みますし、デニムやダック生地のようなウエアとも相性が良い。そういう風に、王道の中でも自分らしいチョイスで自分らしく使う楽しみを見出せる様になった気がします」。
これまでに様々なものを体験してきた小木だが、今、自身を見つめ直すように原点回帰ともいえるスタイルへと戻りつつあるようだ。最後に、いいスタイルとはどんなものなのか、小木に聞いてみた。
「昨年亡くなったアンドレ・レオン・タリーというファッション界の巨匠がドキュメンタリー映画で『ファッションは儚く、スタイルは永遠』、『美は多種多様であらゆる物事に宿る』といったことを言っていました。まさにそう思います。何を選んでもすべてに美は宿る。だからこそ、もの選びは難しいけれど面白い。大切なのは、その人のストーリーに合っているかどうか。例え、全身ユニクロでも格好良い人は格好良いと思うんです」。
Photo Seiji Fujimori | Edit Takayasu Yamada |