Style File 07 Designer Shinpei Yamagishi
『変わっていくことこそがスタイル』 山岸慎平が語る自身の原点
リアルクローズの間 山岸慎平
憧れから始まる
現在までの道のり
2010年にメンズファッションブランド、BED j.w. FORD(ベッドフォード)をスタートさせた山岸慎平。今年はブランド創設時からの目標のひとつでもあった、パリでのオンスケジュールの単独ファッションショーを成功させ、国内初となる旗艦店のオープンも果たした。2023年はまさしく山岸やブランドにとって、大きな転換期となったことは間違いないだろう。そんな激動の日々もひとまず落ち着いた8月、自身を俯瞰して見ることのできるタイミングで話を聞いた。まず山岸に『スタイルとはどういうものか?』と尋ねると、「結果その人になるなら、何をやってもいい。ということだと思います。それは『変わらない=スタイル』ということではありません。自分の中で大切な根幹の部分以外はどんどん変えていけばいい、変えていくことこそが僕のスタイルだとも思う。それはデザインにおいても反映されている考え方であり、生きていく上でも大切だと思っています」。という答えが返ってきた。他の何かに影響されないようにするのではなく、それを受け入れ、思考し、選別する。その上で自身を変えていけることがスタイルであると語る山岸。それを裏付けるかのように、話の節々で自分が憧れた人や場所、そしてそれらを見つけ出した自分自身を信じ続けてきたからこそ今の自分があると思うと語っていた。そんな彼のスタイルや考え方を紐解くには、若き日の出来事が重要なピースになってくる。
山岸はもともとファッションデザイナーを志してではなく、漠然と抱いていた東京への憧れから上京を決意したのだそう。そんな彼の人生を大きく変えることになったのが、あるブランドとの出会いだった。
「僕は地方の漁村で育ったので、当時東京のカルチャーに触れることができるのは、今みたいにネットが発達していたわけではないので、雑誌しかなかったんです。さまざまなエディトリアルなどを通して東京の街並みが見れたりすることが新鮮でとても楽しかったのを覚えています。憧れの東京で生活がしてみたくて、洋服はそれなりに好きだったから、洋服関係のアルバイトをしながら東京での生活がスタートしました。なんとなくこんな感じで人生が続いて行くのかなと思っていた時に、当時宮下貴裕さんが作っていた、NUMBER(N)INE(ナンバーナイン)の洋服に出会ったんです。それは純粋に僕が東京に憧れていた気持ちの、その正体を持っているブランドでした。上京したばかりの田舎者が、ナンバーナインの洋服を着たときに何者かになったような錯覚に陥る、それにはたまらなく感動しました。なかでも2009年のTHE LONESOME HEROコレクションの時にリリースされたジャケットは特別な存在。当時も当然素敵だなと思っていましたが、洋服のいろいろなことを覚えて向き合っているいま改めて見てみると、デザインのオリジナリティやアイディアなど、強く惹かれてしまう魅力がある。自分を駆り立てる原点として、そしていつか追いつきたい憧れとして、または道を逸れそうになった時に自分を連れ戻してくれるものの象徴として、このジャケットは自分のそばに置くようにしています。その頃から洋服の作り手に興味を持ち始めて、その延長線上にいまのベッドフォードがあるのですが、宮下さんの存在は、まさしく自分の人生を決定づける上で非常に大切なピースでした。彼がもしレディースウエアを作っていたとしたら、きっと僕もそうしていたと思います」。強い憧れを原動力として活動を始めた山岸にとって、『変わっていくことこそがスタイル』と語るのは必然だろう。憧れとはその意味のままに、理想とする物事に強く心が惹かれること。多大な影響を受けたからこそ、そこに敬意を払いながら自身のクリエイションへと落とし込んでいく。そしてそれは、また新たな憧れと出会うたびに淘汰されていったのだろう。東京で見聞きしたさまざまなものを吸収し、その要素の蓄積がいまの山岸とベッドフォードの礎を作ったと言える。
常に変わっていくこと
洋服作りへとつながる
思考のプロセス
まざまな物事を吸収し自身のスタイルへと落とし込むには、まずその物事に対して深い理解が必要になってくるが、山岸はその思考の時間をとても大事にしている。そしてその考え方は洋服づくりにもつながっていく。
「ちょうどいまのシーズンのコレクションを考えている時にふと『星の王子さま』を読み返していたんです。人生において本当に大切なことは何かというテーマを考えさせられる内容ですが、そういった文学はもちろん、日常生活の中のふとした出来事の中にも余白があると思っています。僕は洋服のデザインはもちろん、いろいろなものに意味を探す行為が好きです。世の中にあるさまざまな物事や考え方に対して、どう自分が解釈するか。自分の思考の中で、腑に落としていくその過程がすごく好きで。だから自分の作る洋服にも同じく思考の余白を作りたい。洋服のデザインにも何らかの意味を持たせたいんです。ただ意味を持たせるのではなくて、ファッションとして楽しめるかであったり、洋服として成立しているかも同時に重要だと思っています。ファンタジーとリアルクローズとの葛藤みたいなものを表現したいと思っているのですが、中々に難しい。ただ、その間にこそ美しい瞬間や可能性のようなものがひしめきあっている気がしてなりません」。
転換期を経て
見えてくるもの
2023年8月5日にオープンを迎えた旗艦店は、国立競技場へと続く千駄ヶ谷のメインストリート沿いに構えている。店内は開放感のある吹き抜けの2階建て構造になっていて、店に入った瞬間からシーズン全体の洋服のムードを捉えることができるのも特徴のひとつ。ショップのなかでも山岸が重要なスペースとして捉えているのは、レジカウンター横の本棚のスペースであるという。「僕たちの洋服を買いに来てもらう以上に、いま僕たちがどういうことに興味があって、何を考えているかということが覗けるようなショップにしたいということが元々のコンセプトとしてありました。なので本棚には昔影響を受けた雑誌から、今読んでいる本など幅広く置いてあります。ここに並べるものは、自分自身が変わり続けていくことと同じように、これからもちろん変わっていくでしょうし増えたり減ったりをしながら。その時々によって、感覚や考え方を素直に反映していければと思っています。本棚に入っている本と自分の作った洋服は当然リンクしてくるわけで、全体のムードも含めてベッドフォードの世界観を表現するショップでありたいなと思っています」。新店舗にはそうした山岸のスタイルを如実に反映する要素が詰め込まれているが、自身が変わり続けていくための要素としては、パリでの経験は大きかったのだという。「大きな目標としてパリでのショーを目指してきた分、プレッシャーも相当なものでした。夜は寝れなかったですし、普段聴いている音楽は何を聴いても雑音にしか聞こえなかったり、それくらい追い込まれて いたのだなと思います。ただそんな経験を経たいま改めて振り返ってみると、自分たちが今までやり続けてきたことは、パリという舞台でも受け入れられる可能性があるということが認識でき心はポジティブです。大きく何かを変えないといけないということではなく、自分たちが作り上げてきたものをもっと強靭に、そしてもっと丁寧に伝えていくことはもちろんですが、間違ったレールを走ってはいないんだということを自分自身に言い聞かせることができたことが一番大きな収穫であったと思います。自分が憧れた人や憧れたこと対して疑いの余地はやはりなかったし、そうしたブレない原点を持ち続けながらも、変わり続けていく自分のスタイルが実ったひとつの瞬間でもあったと思っています」。ようやくブランドとしての第一幕を終えることができたのではないかと語る山岸。東京や宮下貴裕の大きな背中を追いかけ、考え抜き変わり続けた時間を経て、彼が次に見据えるものは何なのか。思考の末に淘汰されていくスタイルから生み出されるクリエイションにこれからも目が離せない。
山岸慎平
自身のメンズファッションブランド、BED j.w. FORD (ベッドフォード)を手がける。23FWシーズンではブランド初となるパリでの単独ショーを成功させた。国内外から注目される、東京を代表するデザイナーのひとり。
Photo Genki Nishikawa | Edit Shohei Kawamura |