Sync with Nature amachi.

自然と向き合い続けるブランド アマチのデザイナー吉本天地の思想

自然と人間が生み出す服

自然の中で感じる
根源的な感覚を落とし込む

自然との触れ合い。それは自然豊かな地方で生まれ育った者のみならず、都市部の者でも経験があることだろう。木々のざわめきや草の香り、土の感触や雨の音など、私たちの生活のすぐそばに自然は存在している。わたしたちは幼い頃の原体験として、それらを知らずのうちに体験しているのだ。そんな人間にとって切っても切り離せない『自然』という大きな存在に対して、ひたむきに向き合うブランドがある。それがamachi.(アマチ)だ。

自然と人間の関係性というテーマを掲げ、人類史における樹木と文明の関わりに着眼点を置いたコレクションなど、自然に対してさまざまな角度から着想を得ながらひとつひとつのコレクションへと落とし込んでいる。amachi.が形作る服の根底には、そんな自然という原初的な要素をはらんだ確かなプリミティブ精神が宿っているのだ。そんなamachi.の最新コレクションとなる22FWシーズンでは、『垂直方向への意識』というキーワードのもと制作を行ったと、デザイナーの吉本天地は話す。

「自然界を垂直軸で切り取って考えていくと、小さな目線の単位で存在する素材や、気温、湿度、色や光の濃度も含めてすごく細かく変化していくなと日々思っていました。例えば、地面の高さでは土や苔や石があり、少し目線を上げると下草が現れ、上へいくほどに樹木の存在感が強くなっていく。さらに上空では太陽の光や風の流れといった、それぞれの高さに存在する個別の世界がある。それらを素材の変化や、色のグラデーションで表現しています。例えば、ボーダーのピッチを細かく変化させウールからシルクに変化していく織物や、素材の表情で特定の高さを想起させる様な表現ですね。今回のテーマのなかで、ひとつの大きな入り口になっているのが“木登り”です。自分が幼少期にカリフォルニアで過ごしていた頃、日常的に木に登っていました。木に登ると垂直軸で目線が変化していくじゃないですか。それってあまり普段は体感できないことだと思うんです。木を軸にして、垂直性を感じるという自分自身の原体験も含まれています」。

amachi.ではこうした目に見える自然の光景からインスピレーションを受けたコレクション群のほか、実際に自然の中で過ごす中で初めて気が付く現象としての要素も取り入れることがある。

「過去に”歩行”をテーマにコレクションをつくったシーズンでは、自然と身体が接したときの現象を落とし込みました。歩いているときに雨で服が濡れて、それが柄のようですごく綺麗だなと思い、実際にサンプルを着て歩いて濡れた部分をそのまま柄として抽出したり。こうした柄は自分がデザインしたものでこそないですが、現象を切り取るといいますか、実際に製品として出来上がったものを自然の中で着て、そこに対して自然が産み出した模様をインプットしていく新しい試みであると思うんです。フィールドワークに近いプロセスで、自然と身体をつなげる媒介として衣服を考えています。この様なシリーズは他にもいくつかあって、トワル(仮縫いのサンプル)のパンツを穿いて草原を歩き、植物の種子がついた位置をそのまま刺繍にしているものだったり。実際に種子がついた時って煩わしさしかないとは思うのですが、ある時すごく綺麗だなと感じて。自然との関わりを起点とする発想ではありますが、アウトプットとして、アウトドアウエアではなく、より感覚的な部分で自然のエッセンスを感じるものを作りたいという想いがあります。この様な感覚は、都市の中で生きる人々こそ求めているものなのではないかと感じています。それを表現する手法はファブリック、フォルム、色、素材などさまざまですが、そのバランス感を見つけるためには自分自身の生活であったり、どの様な環境に身を置くかというのは重要であると思うのです」。

かつて子供の頃、草原や野山で遊んだとき、ふと足元を見るとたくさんの種子や植物がついていた。そんな自身が自然と触れ合った時の記憶を彷彿とさせるディテール。amachi.の服には、そんな常日頃から多くの時間を自然と共に過ごし、体験しているからこそ見出せるプリミティブな様相が詰まっている。

長野県の山麓に構えるamachi.のアトリエ。基本的なデザイン作業はすべてここで行っている。ちかくアトリエをさらに奥地へ移し、新拠点を設ける計画もあるという。

トワルのパンツに種子がついた部分を刺繍で施したスラックス。21AWシーズンの歩行をテーマにしたコレクションの時のもの。

今季のテーマである『垂直方向への意識』というテーマにおいて最も下に位置する土や苔の質感からインスピレーションをうけたベストジャケット。中綿の量を調節し、見事に立体的な地表のディテールを再現している。
Jacket ¥242000 by amachi.
自然を考える時間

このように服作りの随所に自然と人間のつながりが見えてくるamachi.であるが、その背景には実際に自然と共存するライフスタイルや野山を観察するフィールドワーク、文献のリサーチなどが挙げられる。「ブランドの活動の拠点としている長野県のアトリエは、都市と自然のちょうど境目にあります。土地性にすごくこだわりがあったわけではなくて、自分で何か表現する際には自然が近い環境っていうのはすごく大事だなと思っていて。コンセプト作りやデザインプロセスで、自分の中に深く入り込める度合いが全く違うんですよね。その中でも長野県は山の空気感だったりとか、自然の質が故郷のカリフォルニアに近いようなものを感じるところがありました」。現在のアトリエのすぐ裏には、広大な山々が広がる。デザインのインスピレーションとなる石や苔などの自然物は、そうしたアトリエ付近の自然の中を実際に歩いて発見するものがほとんどなのだという。

Amachi.がこれほどまでにも自然にフォーカスした服作りを行っている背景には、やはりデザイナー吉本天地の幼少期の環境が大きく関係しているといえる。吉本は8歳まで、アメリカのヒッピームーヴメントの聖地としても知られる北カリフォルニア、エルクバレーで生まれ育った。そこには人々の生活に欠かせない電気やガスはおろか、水道設備もなく、ライフラインは整っていない。アメリカの先住民、ナバホ族の伝統的住居であるホーガンをベースとした円形の木造建築をセルフビルドし、家族で住んでいたのだという。吉本が生活をしていた地域には当時、5家族ほど暮らしていたそうだが、隣家は山道で2キロほど離れた場所に位置する。気候は大きく雨季と乾季に分かれ、冬は一面雪が降り積もる一方、夏は大地が砂漠化する…。そんな私たちには想像もつかないような、荒々しくも美しい大自然の中で生活を送っていたことがわかる。

「自然の中で感じる根源的な感覚は、自分自身とても大切にしているものです」。そう語る吉本が根源的な感覚という部分でふと思いだす体験は、ブランドを始める直前、15年ぶりに故郷に戻ったときのこと。「長い期間離れていたので、もう何もかも忘れていると思っていました。山はもう誰も住んでいない無人の状態で、手つかずの原野に戻っていたんです。でも身体が感覚として覚えていたのか迷うことなくかつて過ごしていた場所へと戻ることが出来た。数日間山を歩き回る中で、山に存在する植生や地形、危険な動植物の避け方、そのすべてが鮮明に蘇りました。その感覚は幼少期に培われたものなのか、人間としての根源的なものなのかは定かではないですが、無意識のうちに自分の中に残っている感覚ですね。人は何かを表現するとき、またはものを生み出すとき、自分の中にある根源的な要素を見出しそれを突き詰めていくことで新しい何かを生み出していく。それは例えば職人の手先の感覚だったりが近いと思いますが、自分もコンセプトをつくるときに、そんな原初的な感覚をどこまで研ぎ澄ますことができるかという考え方がベースになることが多いです。文献のリサーチを始めたのも、幼少期に感じていた自分の感覚をすでに言語化している先人がいると知ったから。例えば、日本人で言えば苔や菌類などの研究者である南方熊楠から影響を受けていますが、彼が描いていた菌類図譜は美術的な側面からも価値があり、まさに美術と研究職を横断している、さらに哲学者の側面も持つ方です」。

吉本は根源的な自然に対する向き合い方に対して、自らの身体で体験する感覚的な側面や先人たちが残してきた文献によって日々思考を巡らせている。そんな自然を考える時間がamachi.のプリミティブなクリエイションを支えているのだ。

アトリエに保管される様々な自然物。苔や樹皮、石はそれぞれ生地やディテールワーク、空間装飾のインスピレーションとして活用される。

吉本の幼少期時代に過ごしていたエルクバレーでの写真群。セルフビルドによる円形の住居が写っているのが見える。

リサーチの際参考にしている文献資料の数々。ゲイリー・スナイダー、ジル・クレマンや南方熊楠など、自然を愛し共に生きたアーティストの著作が並ぶ。

人の直感をデザインする

デザイナー吉本の原体験やプリミティブな感覚を落とし込むプラットフォームとしてamachi.が存在するわけだが、amachi.自体の表現方法にもまた、種類が存在する。一つはもちろん、洋服という形あるものとして表現する方法。もう一つは、空間表現として、自然と人間の関わりを表現する方法だ。実際に吉本は日本アニメーションの雄、スタジオジブリからオファーを受け、アニミズムをテーマとした空間デザイン・展示装飾を手がけている。服作りと空間表現、吉本にとってその二つの間には表現方法としての違いはあるのだろうか。

「衣服と空間における表現の考え方は、むしろ繋がっていると思っています。衣服の延長線上に空間があるというか、ある種衣服は人にとっての最小単位の空間だと思うのです。なので勿論違いはあるのですが、互いの中に存在しているという感覚が近いですね。スタジオジブリとの仕事では、美術館の所謂ホワイトキューブの中に作品がきれいに並べられている空間性を変えていく役割として、展示空間が自然に侵食されていく様を、苔や石をモチーフとしたファブリックやニットを用いて表現しました。どこまでが美術作品で、どこまでが装飾なのかということがわからなくなるような。例えば石も、ただ置かれていると、山の中に存在している状態と何も変わらない純粋な自然物ですが、こうしてフェルトと対になるだけで、見え方も変わっていくのです。服をつくるときにも、その服を着る人がどの様な空間にいるのかは意識するようにしています。生活空間に対しての実際の機能性といった面もありますし、あえて不快な部分を残すことで何か気づきを与えたり。例えばポケットの位置ひとつでも、人の所作って変化していくと思うんです。便利さだけではなくて、着る服によって人の動きやマインドが変化する。ポケットの位置が変わったことによる人の動きの変化はすごく根源的というか、無意識かつ直感的な部分。そんな無意識に作用する部分もデザインしていく。根源的な人間の動きは一番わかりやすい導入としてあって、その先にもっと大きな空間として、自分がどの土地にいるか、どういう生活環境にあるかによって変化していくように、着る服によってその人のマインドや精神性も変化していく服作りができれば良いなと思っています」。

人間の本能や自然に対しての根源的な感覚。吉本天地が具現化するamachi.の服には、それらの要素が溢れている。遥か昔から脈々と受け継がれてきた自然と人間の関係性。それらをどの様に現代にアップデートさせ、受け継いでいくべきなのか。amachi.はそんな人間にとって最も根源的な感覚を、服を思考のきっかけにして、私たちに問いかける。

愛知県美術館で開催された、ジブリの大博覧会内にて担当した空間デザイン。美術館所蔵の作品に対して、まるで自然に還っていくような空間を演出した。©️Studio Ghibli Photo Tomo Ishiwatari

展示会やセレクトショップでの服の展示に関連した空間演出も行う。長年かけて集められた自然物や、自身の手によるインスタレーション作品は長野のファクトリーで保管され、次なる空間演出の出番を待つそう。Photo Tomo Ishiwatari

長野の山麓に霧がかかっている様子をアルパカのグラデーションで表現したカーディガン。峰から裾野にかけて色調が移り変わっていく様子が繊細に表現されている。
Cardigan ¥89100 by amachi.

木登りをする前に頭の中で描く、樹木の中に存在するルートをイメージしてボタンを散りばめたジャケット。身頃に用いられているフェルトのモチーフは、実際にこの付近で発見した泥岩をかたどったもの。Jacket ¥69300 by amachi.
Photo Asuka ItoInterview & Text Shohei Kawamura

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