Travel through Architecture by Taka Kawachi
木造モダニズム建築の傑作 前川國男自邸
木造モダニズム建築の傑作
河内タカ
日本のモダニズム建築の旗手として知られ、国内に名だたる近代建築の設計を手がけた建築家が前川國男だ。1905年生まれの前川は、東京帝国大学を卒業後、パリのル・コルビュジエ事務所に入所し、帰国後はアントニン・レーモンド事務所でさらに5年間経験を積んだという経歴を持つ。そして独立後、二人の師匠から吸収したモダニズム精神を形にしていき、神奈川県立音楽堂や上野公園内の東京文化会館や東京都美術館、新宿紀伊国屋ビルなど数多く手掛けて1986年に亡くなっている。
そんな前川が自ら設計し1942年 (昭和17年) に完成した自邸が、現在東京小金井市にある「江戸東京たてもの園」内で一般公開されているのだが、この建物は最初からその場所にあったのではなく、一旦解体されたものを再建したものなのだ。そのことは明治村に移築されたフランク・ロイド・ライトの「帝国ホテル」に通ずるものがあるが、当時、つまり昭和初期の頃の木造モダニズム建築がほどんど失われてしまっている現代において、「よくぞ残してくれたものだ!」とその状態の良さに驚いてしまうほどだ。
前川邸は第二次世界大戦の真っ最中に完成し、もともとは品川区上大崎にあった。約30年の間に事務所として使われていた頃もあったというが、手狭になり解体されることになったのだ。しかしながら弟子たちの強い要望もあり、多くの建材が軽井沢の別荘に保管されることになる。そして後年そのことを聞きつけた建築史家の藤森照信の紹介で、たてもの園の展示に向け前川が住んでいた当時の状態に復元され、家具や調度品なども写真などを参考にしながら元の位置に置かれたという経緯があった。
切妻屋根のこの家は、正面から見ると五角形をした山荘のようで、外壁の竪板張りが黒く、とにかくどう見ても日本家屋というにはモダンすぎる建築である。ちなみに、この建物のヒントとなったのが軽井沢の「飯箸邸」と言われていて、この家は前川の次にル・コルビュジエの下で働いていた坂倉準三が、帰国後の第一弾として設計した建物なのだが、庭に面した大きな開き戸によって外部を内部に引き込む大胆さなどは確かに前川邸に通ずるものがあると感じられる。
その特徴的な外観に目を奪われながら、玄関から入って左側に位置するリビングルームに一歩足を踏みいれると、南側の上部が格子窓、下部分が灯り障子という幾何学的な格子の美しい配置となっていて、光に満ちた吹き抜けの開放的な空間は実に感動的だ。また、天井の最も高いエリアを二層としているのだが、そこで使われているピロティ(柱によって支えられる吹き抜けの空間)構造はもちろんル・コルビュジエが得意とした工法の引用であるし、大屋根を支えている正面の円柱が目を引くのだが、建築資材の入手が困難な時代だったということもあり、なんと使い古しの電信柱をリサイクルしたらしいといううわさもある。
前川はこの邸宅に夫人と愛犬とともに長らく住んでいたが、前川の事務所で家具デザインやインテリアを担当していた水之江忠臣(みずのえ ただおみ)による椅子、調度品や照明などが今も当時のように置かれ、暮らしぶりが感じられるようになっている。リビングの両側に書斎と寝室を配し、機能的なキッチンやタイルを貼った浴室はいかにも現代的な作りだ。前回紹介した「旧井上邸」(レーモンド邸の写し)とはわりと趣が異なるのは、前川邸がル・コルビュジエやシャルロット・ペリアンらの手法を取り入れた実験的な和風建築だからだが、今から80年前に建てられたこの木造モダニズム建築の傑作を体感すべく、是非とも訪れていただきたいものだ。
前川國男
(1905-1986)
新潟市に生まれ東京に育つ。1928年から二年間、パリのル・コルビュジエ事務所に初の日本人として弟子入りし、シャルロット・ペリアンらと親交を持つ。帰国後はアントニン・レーモンドの事務所でさらに経験を積む。1935年に銀座に建築事務所を開設し、戦後の日本モダニズム建築の旗手として数多くの建築設計を手がけた。
前川國男邸
太平洋戦争中に建てられ、1996年に「江戸東京たてもの園」に再建され一般公開されている。戦時下の物資不足の中、延床面積100㎡以下という制限の中で建てられたものだが、開放感にあふれた明るい空間、天井高のリビングスペースや木材を使った造形やデザインに前川のモダニズム精神が反映されている。
江戸東京たてもの園
東京都小金井市桜町3丁目7ー1(都立小金井公園内)
JR中央線武蔵小金井駅北口からバス5分
JR中央線東小金井駅北口からバス6分
西武新宿線花小金井駅南口からバス5分
4月~9月:午前9時30分~午後5時30分
10月~3月:午前9時30分~午後4時30分
休園日:月曜日(祝日は開園し翌日休園)、年末年始
TEL: 042-388-3300
Text Taka Kawachi | Edit Yutaro Okamoto |