Travel through Architecture by Taka Kawachi

地域の人々とともに作り上げた複合施設 代官山ヒルサイドテラス 河内タカ

代官山の鎗ヶ崎交差点から始まる旧山手通りを渋谷方面に向かって進んでいくと、白を基調とした複合建築が現れてくる。低層の住居・店舗・オフィスからなるこれらの建物群が「代官山ヒルサイドテラス」である。設計をしたのは、都市デザインをハーバード大学で教えたこともある建築家の槇文彦だ。

「ヒルサイドテラス」は、都市開発においてのケーススタディ・モデルとして高く評価されているのだが、その大きな理由として、この複合施設が約30年の歳月をかけて段階的に街並みが造られていったことにある。その内訳と建造年は、1969年の第1期計画に最初に建てられたA・B棟、73年の第2期にC棟、77年の第3期にD・E棟、85年の第4期にアネックスA・B棟、87年の第5期に「ヒルサイドプラザ」、1992年に第6期計画であるF・G・H棟、そして最後に98年に「ヒルサイドウエスト」の3棟が完成した。こんなにも長期に渡った複合建築プロジェクトは、国内外でもほとんど例がなく、考えようによっては都市開発におけるモダニズム建築の変容の記録とも言えるかもしれない。

しかし当然ながらその道のりは平坦なものでなかった。時代ごとに変わっていく建築基準が建設に影響を及ぼしていくこととなるのだ。例えば、第1期の計画時では敷地として住居以外の建物を建てることができなかったため、建物の高さを10メートル以下に抑えることが求められた。それをクリアするために槇は「一団地計画」として建設を申請することで、ショップやレストランの併設が可能になった。第2期以降も基準に従い、周辺に育っていたケヤキの木の背丈よりも建物を低く抑えた。結果としてそのような制約が緑と共存する落ち着いた街並みを生むこととなる。旧山手通りを挟んで建つこれらの建築群は、起伏の多い代官山の地形をうまく利用し、本来代官山が持っていた魅力を織り込むことで街とのバランスの取れた景観を生み出したのだ。

「ヒルサイドテラス」は、それぞれの建物が比較的コンパクトであるのが特徴なのだが、左右対象の空間構成で中央に入り口を設ける権威的な西洋建築とは違い、コーナーに入り口を設ける日本の伝統的な空間構成である「隅入り」にすることによって親しみやすさを生んでいる。建物の中を散策してみると、半地下になったフロアを含めて各階がスキップフロア (1つの階層に複数の高さのフロアが設けられた間取りのこと) を採用し、スロープや階段、ピロティや渡り廊下などが各所で使われているからか、床の高さが起伏に富み、空間から空間への繋がりが実に軽快である。その一例である「ヒルサイドフォーラム」はアートや写真関連のイベントをよくやっている施設なのだが、複数の階段で繋いだ回廊式のユニークな展示空間となっていて、大きな窓越しから見える景観に緑が映えるよう巧妙に計算されていたりする。

半世紀にも及ぶ歳月をかけて、人と地域をゆっくりと育ててきた「ヒルサイドテラス」は、古びることなく時とともに魅力を増しているわけだが、その背景に公共性の高い居心地の良い空間を実現させようとした槇と依頼主の朝倉家の強い思いがあったことからにほかならない。様々な業種の店舗や住居、ギャラリーや大使館などが混在していながらも、統一感のある美観が保たれているのは、テナントや住民たちが気を配っているからだろうし、そういった目に見えない努力の積み重ねが、閑静で落ち着いた代官山のランドマークとして常に人気のエリアであり続けているのだ。

近年の味気のない都市開発にはない、どこか成熟した雰囲気とコミュニティが「ヒルサイドテラス」には確かに存在する。それもこれも街の地形や歴史に寄り添いながら、急ぐことなく熟成するようにゆっくりと育ってきたからこそ得られたものだ。パブリックとプライベートが交差しながら、実に豊かな表情をつくり上げることに成功した都市開発の最たる事例、それが「ヒルサイドテラス」なのである。

HILLSIDE TERRACE

代官山ヒルサイドテラス
渋谷区猿楽町・鉢山町の旧山手通り沿いにある、集合住宅や店舗、オフィスなどから成る複合施設。建築家・槇文彦により設計され、第1期が竣工した1969年から1998年までの30年という歳月をかけて建てられた長期プロジェクトでもある。それぞれの建物は比較的コンパクトに作られつつ、スキップフロアやスロープ、ピロティなど館内は軽快でユニークな空間となっている。

東京都渋谷区猿楽町18-8
TEL:03-5489-3705
https://hillsideterrace.com/

河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。

Text Taka Kawachi Photo Hillside Terrace Edit Yutaro Okamoto

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