Wear Fragrance

フェートンのオーナー坂矢悠詞人が考える 香りと人間の関係性

香りを着て自己を表現する
ファッションの根源



古くは楊貴妃、クレオパトラの時代から。『源氏物語』にもその出自が認められるほど、香りと人の暮らしは深く根付いている。昨日会った人がどんな服を着ていたか覚えていなくとも、数十年前の記憶が香りによって突然蘇ってくることもあるだろう。記憶とも密接に繋がり、「着て装う」というファッションの根源を嗅覚を通した自己表現。デジタルでは決して感じることのできない人間のプリミティブな感情に基づいた「香りを着る」というその行為は、近年ではニッチ・フレグランスというジャンルが確立されたことで、高い注目を集めている。香りはなぜ人間の根源と深く結びついているのか。金沢のセレクトショップ、フェートンのオーナーであり、フェートンフレグランスロングバー、フェートンフレグランスハウスとフレグランス専門店を2店も手がける坂矢悠詞人に話を聞いた。

言葉を交わす前に
匂いで直感的に感じ取る

「今わかるだけで地球上には40万種の香りが存在すると言われているんですね、その中で人間が嗅ぎ取れるのが約400種。残りは感じ取れてないんですね。これが大前提です」。

“人間の暮らしと香り”について問いかけると、坂矢はこんな言葉から話し始めた。

「『嘘くさい』という言葉があるように、嘘をついた時の匂いがあるんですよね“。雨が降りそうな香りがする”と感じることもあるでしょう?全部匂いがあるんですよ。初めての人同士が会う時でも、喋る前にお互いが香りで挨拶してるんです。気が合うか、合わないか、言葉を交わす前に匂いで直感的に感じ取っている。そう考えると香りって人間の暮らしのすべてに影響を与えていると思います」。

照れ臭い、辛気臭い、面倒臭い…確かに人間の感情、行動を匂いで表現した言葉は数知れない。それだけでも人間と香りが密接に結びついていることに改めて気づくことができる。そんな坂矢がオーナーを務めるセレクトショップ、フェートンでは、2010年のオープン当初から洋服だけではなく、香水もラインナップしている。前述したように香りが持つパワーを信じているからだ。そして店に並ぶのは、なんとなく心地よくていい匂いという類の一般的な香水ではない。いわゆるニッチ・フレグランスと呼ばれる尖った香りばかりだ。

「僕が好きな香りって“時空や感覚を飛ぶ香り”なんです。そういった香りしか興味はないし、そそられないんですよ。そういった意味でフェートンでニッチ・フレグランスを扱い続けているのはごく自然なことです。例えばオープン当初から、当時NYのブルックリンの小さなアトリエで作られていたD.S.&DURGA(ディー.エス.&ダーガ)を仕入れています。夫婦でハンドメイドで作っているブランドですが、きっかけは、1891年に起きたNYの床屋の火事によって、コロンが焦げた匂いで街中が包まれた様子を再現した『バーニングバーバーショップ』という香りに出会ったこと。“フローラル”とか“ウッディ”とかじゃなく、“床屋が焦げた匂い”ですから。NYでは大ヒットして、入手困難になりましたが、その匂いとアイディアに感動してスタートさせました」。

昨年アメリカン航空のファーストクラスのアメニティに選ばれ、近年加熱するニッチ・フレグランスのマーケットで最も勢いのあるブランドとして知られるディー.エス.&ダーガ。10年以上前からチェックしていたという坂矢の先見の明には驚かされる。

「まさにアメリカン・ドリームですよね。メゾンじゃなくてニッチが選ばれた。今はそんなブランドが次々と出てきています。そういった世界中の面白い香りを集め続けていますよ」。

坂矢がニッチ・フレグランスと出会うきっかけとなったブルックリン発のブランド、D.S. & DURGAの香りは、伝統とモダンの共存を感じさせる。左が1891年のNYでの床屋の火事の匂いを表現した「BURNING BARBERSHOP」、右はテキサスに実在するモーテルの一室の香りを再現した「EL COSMICO」。
Perfume (each) ¥24200 by D.S.&DURGA (PHAETON FRAGRANCE LONGBAR)

調香師という職業は、
これからもっと注目される

ロンドンのリン・ハリス、パリのソニア・コンスタン、アメリ―・ブルジョワ…。

「今注目している調香師は?」という問いに対し、坂矢の口からは次々と名前が飛び出した。今非常に面白い状態にあるというニッチ・フレグランスのマーケット。坂矢がフェートンフレグランスロングバー、フェートンフレグランスハウスという2店を構えているのにもそんなところに理由がある。

「フェートンフレグランスハウスは4月末にオープンしたばかりなんですが、モダンなパフューマーたちが次々と現れているので、金沢でそのシンジケートを結成しようと思って開いたんです。東京ではなく金沢というのがポイント。エッジーな香りを売るなら、やっぱりエッジーな場所だと僕は思っているので。“本当に金沢に行かないと買えないんですか?”ってよく聞かれますが、当然のように“金沢でしか買えませんよ”って答えています(笑)。香りってそれくらい尖っていてもいいと僕は思っているんです」。
金沢市中心部のせせらぎ通り沿いに位置し、坂矢が“媚薬の館”という別名を名付けたこの店舗は、言葉通りに官能的な香りを主に扱っている。石で作られた洗練された雰囲気の空間に重厚な木製の什器が置かれ、ゆっくりと香りに向き合える特別な空間だ。そしてこの店では、ゆくゆくは調香師別の展覧会を開くことを計画しているという。

「ニッチ・フレグランスを調香師ごとに細分化したさらにニッチな展覧会です(笑)。調香師って複数のブランドと契約することがほとんどなのですが、そのシステムがまだ確立されていない。調香師という職業は、これからもっと注目されていくデザイナーだと思っています」。

一方で、フェートンフレグランスロングバーが2019年より店を開いているのは、金沢駅隣の金沢フォーラス内。場所にもこだわる坂矢にとって、意外とも思えるキャッチーな場所だが、ここにもしっかりとした理由があった。

「旅をしている時って気持ちが高揚するじゃないですか。そんな気持ちを香りとともに記憶に残してほしいと思って、新幹線の発着口である金沢駅にお店を開きました。到着した方、出発する方に向けてのお店なので、ラインナップはハウスとは違って、ライトに買いやすくしています。ロングバーと名付けた通り、バーカウンターで“今日はどんなお酒を飲もうかな”というくらいの感覚で来ていただければ、熟練のスタッフがマンツーマンでヒアリングをして、1杯のカクテルを出すように香りを提案します。そんな接客を行っていますよ」。

非日常の旅の記憶を香りでも彩る。脳と密接に根付いた嗅覚・香りについて深く知る坂矢ならではの提案が、訪れた者の時間をより豊かにしてくれる。

2つの香水専門店をオープンするほどに香りに魅せられた坂矢にとって、香り選びのテーマはやはり“時空や感覚を飛ぶこと”だという。

「僕は車が大好きなんですが、4ドアのセダンは絶対乗らないんです。ほとんどはオープンかスポーツカー。そこにはスピードやデザイン性を追い求めた夢がある。香りを選ぶのも一緒だなと感じます。日常で使いやすいかどうかというのは、僕には関係ない。“飛べる”香りがテーマですから(笑)。僕の考えるニッチ・フレグランスってそういうことなんです。“香りはキツくないでしょうか?”とよく聞かれますが、ハンドメイドのものしか扱っていないので全くキツくないですよ」。

金沢駅隣の金沢フォーラス内のPHAETON FRAGRANCE LONGBAR(写真上)と今年の4月にオープンしたばかりのPHAETONFRAGRANCEHOUSE(写真下)。坂矢が開いた2つの専門店は、こだわり抜かれた世界中のニッチな香りをゆっくりと楽しむことができる。金沢に足を運ばないと味わえない贅沢な空間だ。
人々の暮らしを豊かにし、
彩りを与えてくれる

自身が香りを楽しむ上でもこだわりを持つ坂矢。毎日違う香水をつけているというだけでも驚かされるが、その付け方も独特だ。

「僕は80種くらい香水を持っているんですけど、毎朝2種類、左半身と右半身で香りを必ず変えているんです。香りって鼻で感じてから0.1秒で脳に到達するんですけど、人間の機能として、5秒以上同じ香りを認識できないようになっているんです。自分の家の匂いがあっても気づかないですよね。それと同じで要は慣れちゃうんです。逆に言えば慣れなかったら永久に香りを感じ続けることになる。この機能を生かして僕は左と右の香りを変えて、常に香りを感じながら毎日過ごしています。疲れやすくはなるんですが、感受性のアンテナがすごく高く立ちますよ」。

また、1日で香りを十分に満喫するという坂矢は、同じ香りを毎日つけることは絶対にない。この理由について聞いてみると、答えはシンプルに「つまらない」から。朝起きてまず香りを選ぶのがルーティーンであり、その行為に面白さを感じているという。

「毎日が繋がっていると思いきや、違うんだなと思います。昨日とは全く違う香りに惹かれたりする。香りを取り入れない生活を想像してみると、僕には味気ないなと感じてしまいます。100種の香りを持ち続けて生活すれば、100日間毎日違う日々があるわけですからね」。

日々の暮らしを豊かにし、彩りを与えてくれる。香りが昔から変わらず愛されてきたのには、人間の暮らしの根源とリンクするこんなシンプルな理由があるからかもしれない。

センスがいい人は匂いがいい

長い人間の歴史に寄り添ってきた香りは、当然我が国古来の文化とも密接に関わってきた。その代表例が『源氏物語』である。

「作中で描かれていますが、当時は夜這いという文化で男女が結ばれるわけです。男性が香りを衣につけて女性の元に向かうのですが、夜は顔が見えない。そこで誰が来たかを判断するのが香り。香りとは名刺代わりだったんです」。

坂矢の言葉通り、香りとは1000年以上も昔から、自己を表現する大切なものだったのだ。また、東大寺の正倉院に収蔵されている伝説の香木、蘭奢待(らんじゃたい)も忘れてはならない“。猛々しく奢った侍が必ず欲しがる”ためそう名付けられたこの1本は、足利義政、織田信長、明治天皇ら時の権力者が手にし、切り取ったという記録が残っている。

「天下の織田信長だって狂って切り刻んじゃったわけですよね。それくらい、香りって人を狂わすんですよね。香りに狂うのって今も昔も変わらないと思いますね」。

時に人に寄り添い、時に人を狂わせる香り。ただ、香りがしなければ味がしない。香りはやはり人間が生きる上でなくてはならないものなのだ。坂矢は嗅覚、香りについてこのような分析を行なっている。

「視覚が強い人と嗅覚が強い人って、実は物の捉え方が全然違うんですよ。視覚を使う人って、素早くいろんなものを捉えられるんですけど、決断力に欠ける。嗅覚を使う人は多くの情報は拾えないけど、本質を見抜く力、決断力はピカイチです。物選びも、人選びも、食べ物選びも、何を選ぶにも、すべてに匂いってあるんですよね。僕はあまり目を使わない人間なんですよ。あまりキョロキョロせずに、自分の嗅覚を頼りに生きています。物の本質って目じゃなくて嗅覚で感じ取れるものだと思っていますから。本物には必ず本物の匂いがするんです。お洒落な人はいい匂いがします。センスがいい人は匂いがいいですから。格闘技でも、決勝戦などに出るファイターは殺気立つと異臭を放つらしいんです。逆に幸せな方はすごくいい香りを発するというのも実証されていますよ」。

このような人間本来の匂いに、ニッチ・フレグランスをつけて、より自分らしく装う。体温とpH値で化学反応が起きるその香りは、人によって異なる。つまりは香りのカスタマイズ。そんなところも香りの面白いところかもしれない。

最後に人間はなぜ香りを着るのか。こんな問いを投げかけてみた。

「香りをつけるという行為の根源には“人に好かれたい”という想いがまずあるわけじゃないですか。恋愛にも直結しますよね。“いい匂いってよくないですか?”という考え方は人間の最もプリミティブな感情の一つだと思います」。

PHAETON FRAGRANCE LONGBAR、PHAETON FRAGRANCE HOUSEの2店とも、スタッフはカウンターに立ち、1対1で直接ヒアリングをしながら、それぞれのお客様に合わせた香りを提案。香りを楽しむとともに、豊富な知識に裏付けられた香りにまつわるニッチなストーリーを聞いてみるのも面白い。きめの細かい接客が、上質で豊かな時間を彩ってくれる。

坂矢悠詞人中学生の時につけたCK1が香水との出会い。以来香りに魅せられ、自身がオーナーを手がけるセレクトショップ「PHAETON」ではウエアとともに香水をラインナップし続けている。2つの香水専門店のほか、紅茶専門店「TEATON」やウィメンズセレクトショップ「Leto」なども経営。金沢という地にこだわり、独自の審美眼で選び抜かれた無二のアイテムを展開し続けている。

今注目すべき
ニッチ・フレグランス

近年注目を集めるニッチ・フレグランスのマーケット。ここからは坂矢悠詞人に、今注目すべきブランドを紹介してもらった。10年以上にわたって、そのシーンを見続けてきた坂矢ならではの視点で選ばれた3ブランド。是非その香りを体感して欲しい。

Vyrao
世界最注目の調香師が生み出す
エネルギーチャージする
ヒーリングパフューム

フェートンにてこの6月に日本先行発売されるロンドン発のバイラオ。ファッションコンサルタントのヤスミン・スウェルがニューエイジヒーリングとパフューマリーを融合させた世界初のウェルビーイングブランド。調香を手掛けるのはリン・ハリス。

「リン・ハリスはとても尊敬していて、何度も会いに行っている調香師です。このバイラオの香りはとてつもなくカッコよくて、かなりエッジーです」。

Perfume (each) ¥24200 by Vyrao (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)

Candle (170g) ¥13750 Candle (570g) ¥30800 by Vyrao (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)

Incense ¥6600 by Vyrao (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)

Incense ¥6600 by Vyrao (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)
CIRE TRUDON
370年もの歴史を紡ぐ
仏王室御用達のクラシック

フランスの老舗のシールトゥルドンは370年にも渡って、キャンドルと香りを作り続けているキャンドルメゾン。歴史と品格を持ち、近年ではディフューザー、香水も展開しているブランドの香りは、“高貴”という形容詞がふさわしい。「時空を高速移動するのが僕のスタイル。スーパークラシックなシール トゥルドンと、最先端のバイラオのクロスオーバー。そういったところも楽しんでほしいです」。

L to R
Candle ¥30800 Candle ¥16500 Candle
¥15400 Diffuser ¥29700 by CIRE TRUDON (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)
Carine Roitfeld
VOGUE元編集長が手がける
情熱的で甘い官能的な香り

雑誌『VOGUE France』の元編集長が自身の名を冠して作ったカリーヌ・ロワトフェルドは、“世界7都市の恋人”というテーマで7種類の香りを展開している。

「このブランドの香りはとんでもなく官能的です。今恋している方、モテたい方、そういうことを忘れてた方にもオススメですね。情熱的な要素を含んだ個性的な匂いが、我々の嗅覚を強く刺激してくれます。体感すればきっと驚くことでしょう」。

Perfume ¥37400 (each) by Carine Roitfeld (PHAETON FRAGRANCE HOUSE)

PHAETON 0761-74-1881
PHAETON FRAGRANCE LONGBAR 076-293-0727
PHAETON FRAGRANCE HOUSE 076-254-0086

Photo PHAETONEdit & Text Satoru Komura

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