from the bookstore Selected by Takahiro Shibata
編集者・柴田隆寛がわざわざ行きたい “街を形作る書店”
インターネットの普及により情報を得る手段としての“本”の需要が減り、同時に書店の数も減少している昨今。そんな現代において、わざわざ時間をかけて足を運びたい書店について、長年本と密接に関わってきた編集者・柴田隆寛に聞いてみた。そこで示されたのは、ただ本を手に入れるためではなく、足を運ぶこと自体が目的となるような5つの書店。スタイルのある店主のもとに人が集い、価値の交換が起き、カルチャーを生むそれらは、その街を魅力的に彩る。書店が街を形作るといっても過言ではない。豊かな時間はそんな場所にもあるはずだ。何より本作りに携わる一員として、書店が必要なことを信じ続けたいじゃないか。
[Morioka, Iwate]
編集的視点を持つ店主が
盛岡で人と文化をつなぐ
ブックナード
「店主の早坂大輔さんのことはインスタグラムで知ったんです。尊敬する編集者の岡本仁さんもよく足を運んでいましたし、ポストが気になってフォローしてチェックしていました。早坂さんは元々会社員で、出版社や書店で働いていた方ではないのですが、そんな人が本屋さんを始めたことを素晴らしいなと思ったんです。早坂さんは自身の本の中で、会社員を辞めて本屋さんを始めることを、“市民的不服従”と表現しているんですが、それはつまり“フリーランスとして地域に生きる”ということ。それを決めて実行したその生き様に気骨があると思って、勝手に応援しています。
また早坂さんは盛岡で、くどうれいんさんという芥川賞候補にもなった作家を見つけるなど、出版活動も行っています。盛岡にブックナードができたことで界隈も盛り上がっていますし、ブックサイニングやトークイベント、展示などを精力的に開催している。独立系の本屋さんがなかった街に、ブックナードという人と人を繋ぐハブ的な場所を作った早坂さんのような人がいるだけでその街に行ってみたい、という気分になります。そういう意味で“本屋さんが街の形を作る”と思ってるんです。僕は本を編集するだけが編集という仕事じゃないと思っているんですが、早坂さんはそうした行動も含めて優れた編集者だと思います。
そんなに広いお店じゃないですけど、選書はすべて早坂さんがされているので、彼の人格がそのままお店に現れているところもとても好きです。お店にある商品はすべてアマゾンでも買えるかもしれないけど、検索ワードがないと何も買えないアマゾンと違って、ここは新しい検索ワードを与えてくれる。そんなところにリアルな本屋さんを運営する意味、足を運ぶ意味を感じます。一方で早坂さんのお店はオンラインでも成功をしていると思います。“世界中どこにいても、同じような感性の人が集まれば商売が成り立つ”というのも現代的でいいですね。外観もすごくチャーミングですし、何より“ブックナード=本オタク”っていう名前の付け方も可愛いじゃないですか」。
岩手県盛岡市紺屋町6-27 1F
019-677-8081
@booknerdmoriok
[Hamamatsu, Shizuoka]
浜松市街に人を呼び戻した
若木信吾の本屋への愛
ブックスアンドプリンツ
「“街を形作る書店”という意味で、写真家の若木信吾さんが手がけるブックスアンドプリンツは早かったですよね。2010年に小さなスペースからスタートした書店ですが、2年後に現在のKAGIYAビルに移転しています。お店のある浜松市街は信吾さんの地元なんですが、ブックスアンドプリンツがオープンするまでは、ドーナツ化現象で郊外のショッピングモールに人が流れてしまい、中心街がすごく寂れていたんです。そんな中で信吾さんが写真家らしく、写真集を中心とした書店を始めた。高校卒業後10年近くアメリカ生活を続けた信吾さんの好きな場所が本屋さんであり、そんな場所を自分の居心地の良い土地に作りたかった、というのがオープンしたきっかけだと聞きました。
最初は“浜松で写真集を取り扱う店なんて誰が買いに来るんだ”という声も多かったと思うんですが、周辺に美大があることもあって、次第にファンが増えていき、4Fの共有ギャラリースペースで積極的に写真展やトークイベントも行うことで、人が交流する場所になった。コーヒーや地元の名産のバジルティーも楽しめるので、ゆっくりと滞在もできます(※現在はコロナ対策で店内飲食は休止中)。僕も何度も行かせてもらっていますが、最近では近所にカフェやクラフトビールの店なども開店していて、すごく盛り上がっています。これは確実にブックスアンドプリンツの影響ですよね。
信吾さんの主宰するドキュメントマガジン「young tree press」に参加させてもらったり、映画の現場に同行させてもらったりと本当に昔からお世話になっているんですが、エネルギーがあってすごく面白い人。地元への愛も強い人だし、本や写真を通して、浜松という街をちゃんとエンパワーしているし、県外の人にもワクワクを作る場所として機能している。浜松という街にとって貴重な場所であるだけでなく、僕にとっても大切な書店です」。
静岡県浜松市中区田町229-13 KAGIYAビル201
053-488-4160
@books_and_prints
[Kyoto]
濃い書棚とスタイルある
京都の独立系書店
誠光社
「誠光社の堀部さんは書店業界では有名ですね。以前は同じ京都で恵文社の一乗寺店の店長をされていましたが、2015年に自身でこのお店を立ち上げられました。このお店のポイントは“直販”というスタイルです。一般的な本屋さんは取次という代理業者を通して本を仕入れるのですが、書店の利益率ってすごく低いので、その問題を解消するために、誠光社ではできるだけ出版社から本を直接仕入れているんです。
また、お店を持続していくために、最小限の規模で運営することを心がけられていて、19坪という広さのお店の中で、選書も店番も取引先とのやり取りも全て1人で行っている。インディペンデントな本屋さんの雛形になっているお店であり、街の本屋さんという意味で象徴的なお店ですね。独自に出版も行っていて、イベントをやった後で再編集して自社で出版するなど、その方法も含めて作る本も面白いんです。いい意味で癖がありますし、書棚が濃いんです。堀部さんの好きな文学、カルチャー、アートを中心とした本が並んでいるんですが、取次から流れてくる本をただ並べているわけではないので、見たことがないものばかり。もちろんすべて堀部さんが選んでいるわけですが、知識がないと選べない本ばかりなので、行くたびに驚かされています。豊富な知識を活かしたお話も面白いんです。お店で取り扱う本の作家をキュレーションしたトークイベントなども行われていますし、学校の授業や講演もされています。
実は今僕は京都の“小川珈琲”という会社のオウンドメディアで、“コーヒーを渡してその味からインスピレーションで本を選書してエッセイを書いてもらう”という連載を堀部さんにお願いしているんですが、それも本当に面白いんです。お店があるのは、鴨川の近くの静かな路地裏。地下鉄の神宮丸太町という駅から歩いて行けるのでアクセスもいいですし、近所には“モリカゲシャツ”や“かもがわカフェ”などもあって、いろいろと楽しめる落ち着いた素敵なエリアです。本好きなら一度は絶対に足を運んで欲しい書店です」。
京都府京都市上京区中町通丸太町上ル俵屋町 437
075-708-8340
@seikoshabooks
[Kagoshima]
雑誌的展示センスも光る
鹿児島のカルチャーある
雑貨店 オウル
「オウルの店主の馬場さんは、お店で僕の本を取り扱ってくれたり、僕のフリーペーパーを見てわざわざ“うちの店にも置かせてください”とDMでメッセージをくれるような熱い人なんです。鹿児島までは距離的問題もあって、なかなかお店に足を運ぶことができていなかったのですが、ようやくこの前行くことができました。鹿児島ってクラフトカルチャーが強くて、若くて面白い人もたくさんいるんですが、カルチャーがあるお店ってそんなになかった気がするんです。でもオウルには確かなカルチャーを感じました。
例えばこの夏に岡本仁さんの企画展が鹿児島の“霧島アートの森”という美術館で開催されていたのですが、オウルではその連動企画として、小野郁夫フェアをやっていたり。美術館とサテライトでインディペンデントな書店が繋がる感じは、東京から離れた鹿児島ならではの感覚なのかなと思います。馬場さんみたいなキーパーソンがいると、街も盛り上がりますよね。洋服屋さんと違って本屋さんやカフェって、人が集まり、価値の交換が起こる場所として機能すると思うんです。こんなお店が天文館という街の中心部にあるのはすごくいいですよね。ポートランドにパウエルズブックスがあるように、街の背骨になるような本屋がある街って素敵だなと改めて思います。
オウル自体は馬場さん自身もお店のことを雑貨屋と呼んでいるように、書棚に並ぶ本の数はそんなに多くないんです。お店では雑貨も取り扱っているのですが、とにかくすごくセンスのいいお店だという印象がありますね。特にキュレーションのセンス、展示のセンスがすごくいい。クラフト的なもの、カルチャー的なもの、本の展示まで、精力的に行っていますね。先日は村橋貴博さんというアーティストの“DOROTHY”という作品展を開催していました。実は村橋さんの作品集を出版しているのが、この企画で紹介している名古屋のオンリーディングなんです。そうやっていいお店同士って自然と繋がっているんですよね。そんなところも書店の面白いところかなと思います」。
鹿児島県鹿児島市東千石町 14-16 矢上ビル 1F-2F
099-222-0357
@owl_info
[Nagoya, Aichi]
良質な本の出版も行う
名古屋の文化発信基地
オン リーディング
「名古屋のオンリーディングも街を形作る書店の一つですよね。店主の黒田さんと初めてコンタクトを取ったのは2012年頃担当していた雑誌で本の特集を組んだ時に、“街の書店について原稿を書いて欲しい”とお願いしたのが最初だったと思います。前身の書店から移転し、2011年にリニューアルオープンして以来、街に根付き、営業し続けているこのお店ですが、エルビスプレスという名前で出版業にも力を入れているんです。写真家の平野太呂くんの写真集の出版なども手がけているんですが、10年以上ちゃんと出版レーベルを続けて、良質な本を作り続けている。版元としてもすごいと思っています。
黒田さんが出展していたアートブックフェアで、名古屋のイラストレーターユニットのストマックエイクのジンを見つけ、彼らと仕事をさせてもらったのがきっかけで仲良くなりました。本屋さんを営業し続けていくって本当に大変なことなのですが、それでも有名、無名関係なく才能ある人たちをちゃんとフックアップして作品を取り扱い、生み出している。そんな本との関わり方をしているのは、本当に素晴らしいと思います。名古屋は文化が不毛の地と言われていますけど、オンリーディングと大須の古着屋があればいいんじゃないかな、と僕は思っています。そんなに大きいお店ではないですが、お店の中は友達の家に行ったようなアットホームな雰囲気に溢れていて、棚を見ていくと何かが見つかるという宝探し感も楽しいです。今回紹介しているお店全体に言えることですけど、書店からカルチャーを作っている店だからわざわざ行きたいと思うんですよね。あと、店主の人格が店に反映されてないと面白くない。そういった意味で、店主がいいと思っている人をちゃんとプッシュしているオンリーディングは、すごく魅力があると思いますし、やっぱりわざわざ時間をかけていきたい書店なんです」。
愛知県名古屋市千種区東山通 5-19 カメダビル 2A & 2B
052-789-0855
@on_reading
柴田隆寛
編集者。編集事務所Kichi主宰。講談社の新雑誌『栗原はるみ』(2022年3月4日創刊)クリエイティブディレクター。これまでに『&Premium』のエグゼクティブディレクターをはじめ、雑誌、書籍の編集や執筆、web、広告、空間やイベントのディレクション、プロダクトの企画まで幅広く活躍。また、クリエイティブコミュニティ「MOUNTAINMORNING」のメンバーとしても活動するなど、様々なプロジェクトで“広義の編集”を実践している。
Select Takahiro Shibata | Photo Mori Yamashiro (P112,113) Hiroki Isohata (P116) | Interview & Text Satoru Komura |