HUMAN ODYSSEY

エルメスと奥山大史が描く7作の オーセンティックドキュメンタリー

何の遠慮も縛りもなく、純粋に旅をした日はいつだったろうか。エルメスが10月に公開するオリジナルムービー「HUMAN ODYSSEYー創造を巡る旅ー」はそうしたかつての“旅”への憧憬を掻き立てる。エルメスが年間を通して発信してきたテーマ「ODYSSEY/長い冒険、放浪の旅」を表現するおそらく最後の機会に、日本での映像制作が決定。実は、エルメスジャポンとして映像制作を行うのは今回が初めてのことだという。白羽の矢が立ったのは若手映画監督の奥山大史、25歳だ。まさに制作真っ只中。奥山が今、旅を通して伝えたいオーセンティックドキュメンタリーとは。

旅人が旅をしたい場所で出会う

「今年4月にエルメスから『映画を作りたい』とメールをいただいて、すぐに打ち合わせをして話が進みました。旅をするということは決まっていて、“オーセンティックドキュメンタリー”を作ろうと提案しました。台本のあるリアリティーショーではなく、純粋なドキュメンタリーが今回の企画には相応しいと感じ、そこから企画を詰め、人選を考え、その人たちが旅をしたい場所からロケ地を選び、最後に映像に映し出すエルメスのアイテムを決めました。通常企業の映像作品を作るフローとは全く逆で、今の時代にこういった制作ができることはまずありません。またとない機会をいただけたと思います」。

7連作となる「HUMAN ODYSSEY」では7人の旅人が旅先でクラフトや伝統工芸といった創造の現場に足を運ぶ。旅人は俳優の池松壮亮や、建築家の田根剛、書道家の新城大地郎、写真家の木村和平、ロボットクリエイターの高橋智隆らと多彩な顔ぶれだ。

「出演者においても自由に選ばせていただいたのですが、基準としてはものづくりに向き合っている人であり、自分がその人のものづくりを尊敬できるかという視点でした。今の時代は自分をうまく見せることが得意な人が増えましたし、そういう人の方が喋るのは上手だと思うのです。でも今回は喋るのは苦手だったり、不器用でもいい。求めたことに答えてくれなくてもいい。自分の見せ方よりも自分が作ったものにプライドを持っている人がいいなと思いました。その点は意図せずともエルメスとも共感し合えているんじゃないかと感じています」。

目的地は北海道から宮古島まで全国津々浦々。田根は朽木工場で建物を完成に近いところまで作り、ばらして現場に運び再度建てる“仮組み”を軸に日本建築を作り続けている滋賀の三角屋へ。また、新城大地郎は糸から染料まで、すべて自然のもので作られる宮古上布の伝統と技法を守り続ける染織・織作家の砂川美恵子のもとを、池松壮亮は福祉の枠を超えてそのものづくりが多くの人に響く鹿児島のしょうぶ学園に赴き、職人集団としての彼らのものづくりに触れた。いずれも旅人が旅をしたい場所にクラフトが紐づき、そこで脚本のない偶然的なストーリーがカメラに収められる。

学園内には素材別の工房や音楽施設があり、自由表現の場を池松が巡る。

「旅をしたい目的地がはっきりしている人もいれば、もちろんそうではない人もいました。例えば高橋さんは『所謂、伝統工芸よりも、そこに新しい技術や革新性を感じさせるものに興味がある』とお話されていて、旅先は和船の伝統的な作り方に革新的なアプローチを取り入れている造船所に決まりました。受け継がれてきたものを淡々と作っていく伝統もあれば、革新性を取り入れながらクラフツマンシップを継承しているという伝統もある。正直どこまでクラフトの概念を広げるかは悩みましたが、旅人をレポーターとした職人紹介ビデオにしたいわけではなく、あくまで旅人が主役。その主役となってもらうためにもその人が実際に行きたいところに行くことで、本当の意味でのオーセンティックドキュメンタリーを実現させたかったんです」。

田根が訪れた三角屋では素材から設計、施工までを一貫して手掛けている。
オーセンティックドキュメンタリーであること

そもそもオーセンティックドキュメンタリーにこだわる理由は何だろうか。奥山にとって自身の実際の経験がそのスタート地点になったという。

「企画立てをしているときにふと、自分はそういう旅をした経験はあったかなと思ったんです。若い旅人が先人に問いを投げかけるようなことって、テレビ番組以外でも現実世界に起こっていることなんだっけと。でも振り返った時に、僕はロイ・アンダーソン監督の映画や広告作品が好きで、その構図の美しさや自分がいいと思うものを貫く姿勢に憧れているんですが、以前ストックホルム国際映画祭に行った時に、ロイ・アンダーソン監督のスタジオが近くにあると聞き3回訪ねて3回目でようやく本人に会えてお話できたんですよね。その時に『何に影響を受けてるんですか?』みたいな質問を自分もした経験があったなと思い出したんです」。

この経験を振り返り確信を得たことで、想田和弘監督やフレデリック・ワイズマン監督らから観察映画たる精神性を吸収。旅の時間は日帰りの人もいれば4~5日ほど要する人もいる中で、それぞれのオーセンティックドキュメンタリーを実現するため、制作スタッフに向けて「HUMAN ODYSSEYの十戒」というルールが作られた。予定調和を求めない。旅人の発見を逃さない。ストーリーに当てはめない。そういったルールから目指すものが垣間見えてくる。

「こちらの哲学を体現するものではなく、哲学や精神性を追いかける映像にしたいと思いました。オーセンティックって何だろうと考えながら僕自身も作っていて。まだその答えを見つけたわけではないですが、ナレーションは使いたくないですし、音楽も蓮沼執太さんと制作中ですが感情的なものは控えたいと考えています。ドキュメンタリーは真実を映すと思われがちですが、カメラを向けられた時点でどんな人でも演じてしまうし、カット割や編集が入った時点で、第三者の視点が入り真実に脚色が入ってしまう。そのことに映像の作り手は自覚的になるべきで、その上で、僕らができることとしてはなるべく撮影した真実に対して誠実でいるということなんです」。

二風谷では、アイヌ古式舞踊や即興セッションなど音楽的交流も。
映像制作も旅

旅人とともに、製作陣もともに旅をする。

「何かを作るとき、いつものメンバーと作るほうが“上がり”が想像できるので安心感があるんですが、旅を通して“出会う”ということも今回は一つのテーマでもあるので、自分を含めスタッフの方々にとってもそうなればと思い、これまでご一緒したことない方々に声をかけました」。

アートディレクターには色部義昭と矢後直規、スチールのフォトグラファーには石田真澄、「今の時世に旅をテーマに撮影することは相当な強い意志と信念を持たないとできないことだと思いました。そうした中で最初に出会ったのが書道家の新城さんでした。彼は海外を旅するのが好きだったんですが、コロナ禍で故郷の宮古島に戻って制作を続ける中で“内なる旅をした”と言うんです。僕は大学時代にギリシャ神話のイーリアスを専攻していてオデッセイ物語を読んでいたんですが、その言葉を聞いて、英雄オデュッセウスが長い旅の果てに再び故郷に戻っていくというそのストーリーと新城さんの言葉が重なった気がしました。旅を通して様々な場所や人との出会いにより何かを感じ、吸収し、再び自分の居場所へと戻り、その旅が自分自身のものづくりへと還る。新城さんは実際その言葉通り撮影が終わった日の夜、深夜に何かに突き動かされるように書を書かれていましたが、ぐにではなくても建築家や俳優、アーティスト、そして僕らも……この旅での経験がそれぞれのものづくりへと循環していくんじゃないかと思うんです。宿泊日数や移動距離が旅かどうかの判断基準ではなく、誰かに出会うこと、もっと言えば、何かものづくりをすること自体も旅だと思うんです。今回のそうした旅の循環がショートフィルムとして全て表現できるわけではないですが、僕らはその旅路の半ばに立っている。そして、僕にとって映像を作ることも旅なんだと改めて気づけた気がします」。

自身で紡いだ蓼藍で糸染めを経験した後、新城の手に染みる藍色。


17世紀にロンドンでペストが流行し、休暇ができた中でニュートンは「万有引力の法則」を発見した。のちに彼がその休暇を「創造的休暇」と呼んだというエピソードがある。エルメスと奥山大史が紡ぎ出すストーリーもまたそうした創造的休暇の破片であり、それらは私たちの心の底に眠った新しい世界への渇望と一歩踏み出す力を呼び起こしてくれるだろう。

奥山大史
1996年東京生まれ。映画『僕はイエス様が嫌い』で第66回サンセバスチャン国際映画祭最優秀新人監督賞を受賞。本作は日本、フランス、スペイン、韓国、香港で劇場公開された。森七菜『スマイル』、乃木坂46『僕は僕を好きになる』といったミュージックビデオを監督している他、米津玄師『カナリヤ』(監督:是枝裕和)では、撮影を務めた。

HUMAN ODYSSEY -それは、創造を巡る旅。- 10月15日からエルメスの公式サイト及びYouTubeにて毎週1本ずつ公開。

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Photo Masumi Ishida Interview & Text Mio Koumura

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