Leather Objects
職人の手しごとから生み出される 人間味溢れるレザーアイテム特集
生み出される
人間味溢れる
レザーオブジェ
機械的な分業体制によるものづくりではなく、手間と時間がかかっても常に職人の手しごとを尊重し、伝統を継承しながら作り出される革製品。時に風化されず受け継がれてきた熟練の職人技術でしか成せない根源的なものづくりが求められている現代において、レザークラフトは欠かせない存在だ。良いものを長く使う。愛着を持つことこそが人間的なモノ選びの大切な視点だ。
世界のトップに君臨するエルメスレザー
本物のレザーアイテムを紹介する企画で、エルメスを語らずには成立しないと確信を持った。1837年にパリで創業して以来、常に職人の技とものづくりの核となる素材を大切にしてきたエルメス。もとを辿れば高級馬具を製作する工房として馬の自由な動きを妨げず美しく見せる、タフで繊細な馬具作りから始まった。馬具の製作に欠かせなかったエルメスの職人技は強い信念を持ちながら時代の流れとともに皮革製造へ発展を遂げていった。世界のトップに君臨するメゾンのものづくりの中心にはいつも革があり、最高の品質を追求する職人の手が加わることでエルメスレザーという高貴な素材、そしてオブジェへと変容していくのだ。
そんなエルメスの成長の礎となった革職人たちの技は、鞄作りにおいても不変。「ボリード」が誕生したのは1923年。革新的な丸みを帯びた美しいデザインと、留め具に使われたファスナーが印象深い。メゾン2代目のエミール・エルメスがカナダを訪れた際に自動車の幌に使われていたのを見て、世界で始めてファスナーをバッグに取り入れたのだ。このファスナーを採用したバッグは、当時の自動車の丸いトランクに簡単に積み込めるデザインから、自動車用バッグと呼ばれていた。素材にはエルメスを象徴する牛革のヴォー・トーゴが使われており、丸いふくらみを持つ柔らかな素材感と、しなやかに湾曲したシェイプが使うほどに馴染んでいく。上質なレザーを熟練の職人たちが丁寧に作り上げたこのオブジェは、まさにエルメスのバッグの歴史を語る上で外せない存在だろう。
そうした手しごとやレザークラフトに対する愛情と誇りは職人から職人へ、技法とともに引き継がれていくのだ。それは180年以上続く歴史の中で、伝統的な技を継承し生み出された新作バッグ「マリーセル」からも読み取ることができる。乗馬をルーツとするメゾンのエスプリを体現したデザインが特徴のメッセンジャーバッグには鞍のあおり革を想起させるフラップと繊細なステッチのディテールが施され、同メゾンのアイデンティティそのものが反映されている。毎日の必需品を収納できる2つのコンパートメント、バックル部分にはアクセサリーを取り付けられるというささやかな気遣いもエルメスらしい。それに加え、手縫いで施されたさりげないHモチーフの刺繍が高度なノウハウ満載のこのバッグにエルメスのシグネチャーを添えている。まさに創造性豊かなデザインと機能美が共存したオブジェである。長い歴史の中で本質である、ものづくりを大切にしながらも常に時代への挑戦を続けるエルメス。1928年に初めて登場した「サック・ア・デペッシュ」はやがて時代の流れとともに日々変化するライフスタイルに寄り添うデザインへと進化を続けていった。幸運をもたらす書類ケースとして多くの成功者に愛用されてきた不朽の名作を新解釈し、人々の生活に合わせてよりコンパクトな鞄に生まれ変わった「サック・ア・デペッシュ」。シンボリックな留め金とフォルムのすべてに、無駄が削ぎ落とされたシンプルな美しさを追求する職人の誇りを感じることができる。
常にサヴォワールフェールの限界を押し広げ、現代的でありながらタイムレスなオブジェを生み出す。そんなフィロソフィーを体現する「アッ・カ・ド」はエルメスの最初のバッグである「オータクロア」を再解釈した同メゾンのルーツを物語るオブジェ。その「オータクロア」ならではの、留め具やフラップなどの象徴的なデザインを継承しながら現代的で機能的な仕様に生まれ変わった逸品は、調整可能なサングルによりショルダーや斜め掛け、バックパックとしても使うことができそれぞれのユーザーのライフスタイルに寄り添ってくれる。職人の手しごとという伝統を貫く。これこそがエルメスの本質的な魅力であり、それぞれの職人が自分たちの仕事に誇りを持ち、愛情を持って作ってきたからこそ、エルメスのバッグに多くの人が魅了されるのに違いない。エルメスのオブジェを通し、このメゾンが大切にする独立した精神と最上級のクラフツマンシップの価値を改めて認識してみてほしい。
オリジナルの名に相応しい
クロムハーツのレザープロダクト
シルバージュエリー界の重鎮として君臨するクロムハーツ。歴史を辿るとブランドのルーツは革製品にあり、創設者であるリチャード・スタークの創作意欲を掻き立てたのも、自ら身につけるレザーのライディングウエアを自分たちの手で製作したことから最初のものづくりがはじまった。レザーはブランドのルーツを象徴する絶対的なものであり、クロムハーツの革製品はまさしくオリジナルの名に相応しい。右に紹介しているリストウォレットは、数多くリリースされてきたモデルの中でもとりわけ長い歴史を持つボディバッグから着想を得たプロダクト。創業者自らのバイカーとしての知見が存分に活かされたアイコン的アイテムを新解釈した本作は、ブランドの伝統を感じさせながらも、クロムハーツ流の遊び心溢れるアイディアが宿っている。レザーペンダントは、革独特の香りを仄かに放つレザーストラップとシルバーペンダントを組み合わせた逸品。レザーストラップには、職人の技巧とデザイナーの洗練されたセンスが反映されたボローチップがあしらわれている。ペンダントトップにも美しく精緻なつくりこみが施され唯一無二の存在感を放つ。クロムハーツにしか表現できないこの高級感あふれるレザーの質感は、実際に手にした人のみが感動を味わうことができる。リチャー・スタークが牽引するクロムハーツでしか実現のできない世界観とも言えるものづくり。それが人々の五感に訴えかけるプロダクトになり得ているのだろう。
ジョンロブが生み出す
最高峰のレザーシューズ
革靴の王様として1866年の創業から王侯貴族、世界中のVIPのビスポークシューズをつくり続けてきた歴史と伝統を誇るジョンロブ。ジョンロブが生み出す最高峰の革靴は時代が変わろうとも不変の品質とディテールを持つ。履き込むほどに豊かな表情を見せるレザーは、代々継承されてきた職人の手しごとが素材のクオリティをさらに引き出す。クラシックな「フィリップII」は、ジョンロブならではのオーダーメイドで培った職人の技術が光る極上の1足だ。ストレートチップというベーシックなデザインながら漂う気品ある姿は、ジョンロブのプレステージラインならではの存在感。細かく一列に並ぶ穴飾りと細身なフォルムが、繊細でエレガントな印象を演出している。また、ヒール部分の縫い合わせであるバックシームを採用せず、一枚の革で仕上げるという贅沢な革使いは、靴作りを知り尽くした職人の高い技術があってこそ成せる技。普遍的な美をもつ本作は、美しさだけではなく極上の履き心地も魅力。さらにジョンロブの靴は修理しながら何年も履くことができる。その補修部分は履いた人の人生に寄り添うように馴染んでくれる。時代を超えた伝統と卓越した技術、頑丈かつ快適な履き心地。革靴の王様の名にふさわしいその品格は、永遠の定番として永く愛される1足だ。受け継がれる職人の手から生み出される確かなものづくり、履けば履くほど増す味わい、飽きのこないシンプルなデザイン。長い歴史が積み上げたストーリーと信頼が人々を惹きつけているに違いない。
(Laurent Stephan)
オールハンドメイドで生み出される
環境に配慮した素材選びとものづくり
最高級のクロコダイルレザーを厳選し、フランスの馬具職人をルーツに持つ伝統的な技法を用いて、裁断から縫製、磨きまですべてを手作業で膨大な時間を費やして製作するアカルミーの作品。そんなアカルミーを手がけるロラン・ステファンがレザークラフトに見出す根源的な人間らしさとは何か聞いてみた。
「機械を使わず、自分の手と頭を使ってものづくりを行うことが僕にとってのプリミティブなレザークラフトだと思う。動物の革はどれもが共通して生きているもので、それらに対する敬意を表して動物と向き合っている。特にその中でもクロコダイルレザーは特別な存在で、一つとして同じ模様がないんだ。そういった個性こそがレザーの魅力であると感じているし、その美しさをどうしたら最も活かすことができるのかを自分なりに考えて、鞄を作り上げるということにこだわりを持って仕事をしている。僕はクロコダイルを愛しているし、命を無駄にしたくない。だから素材選びをするときは、作りたいバッグのパターンのサイズに応じてクロコダイルの革を選ぶんだ。上質なレザーを見つけたとしてもサイズが大きすぎたら無駄になる部分が生まれるから買わない。そして僕が最重要視するのがなめしのクオリティ。色が綺麗に染まっているかという以前になめし作業が大切で、それがきちんとされていることでその革が10年も100年も生きることができる。だから僕の場合は染色された革ではなく、色が染まる前のなめした革の状態のものからセレクトしている。通常であれば染まった革でないと買えないんだけど、それも日本のタンナーさんと良い信頼関係が築き上げられたから実現できたんだ。そして一歩前の段階で革を選べることによってクロコダイルレザーの美しいシンメトリーな模様をカッティングすることができる。それは財布やブレスレットといった小さいものを作るときも同じで、一番綺麗なレザーの部分を使うことで常に素材の美しさに対するリスペクトを持ちながらものづくりに向き合っているんだ」。
ロラン・ステファン
ファッションフォトグラフィーの世界で現像士、コンピューターグラフィックデザイナーとして活躍。その後フランスの某メゾンブランドにて、8年間クロコダイルのバイヤーと裁断を担当し、2015年よりアカルミをスタート。クロコダイルレザーを中心としたオールハンドメイドにこだわったものづくりを行う。
(Yoshifumi Hayashida)
時間と共に変化する
ディアスキンバッグ
ネイティブアメリカンのクラフトに魅了され、それに日本人としての発想と感性を重ねたものづくりを行うのが林田吉史によるラリースミスだ。ディアスキンバッグは中でもブランドの代表作と呼べる上質な一品。彼が作り出すディアスキンバッグは、どのような美学に基づいているのか。
今回見せてもらったのは、ブランド設立以来、林田が10年以上に渡り使っているというディアスキンを使用したバッグ。「僕はバイクに乗って移動することが多いので丈夫で機能的なものが欲しかった。ディアスキンは撥水性、吸湿性に優れているのですごく丈夫です。鹿革はブランド立ち上げ以来からずっと使っている素材で、ラリースミスを象徴する素材でもあります。ネイティブアメリカンももちろん使用していましたが、古くは日本では侍の時代から使われていたこともあり、実は日本人にとって馴染みのある素材です。当時どのように使っていたのかと思いを馳せながらディアスキンと向き合っています。革自体もとてもしなやかなので手縫いをすることができます。江戸時代から使われていた技術である袋縫いは、なるべく生地を痛めないように素材に合わせた縫製で簡単に長く持つように設計しています。しかし、ディアスキンを扱うのはすごく難しく、普通のレザークラフトの技術とは全く異なるんです。それだけ素材が生きているというか、硬いレザーとは違って柔らかく伸縮する性質があるので、職人の高度な技術も求められます。そのため職人さんの手に合わせたものづくりを心掛けています。また、素材選びも重要。時期によって動物の習性も変わってきますし、実際に自分の手で触ってみると質感も全然違います。ラリースミスではバッグを一個制作する際、丸々一頭分のディアスキンが必要となります。動物の革にもそれぞれ水の通り道というものがあり、それを理解して裁断を行わないと水がきちんと通らず腐ってしまったり、変形したりしてしまう。僕にとって、素材とデザインが無理なく収まって出来たのがこのバッグです。見た目では分かりませんが、自然素材を生かした機能的な作りにしています。長く使える丈夫なバッグです。」
林田吉史2009年にLarry Smithをスタート。ネイティブアメリカンの伝統的な技法や工程をベースにしつつ、そこに日本人の技術とアイデンティティを投入したものづくりを続けている。
Photo Kengo Shimizu | Edit & Text Shunya Watanabe |