Product for Feelin Good by Yataro Matsuura
歩く旅には必ず持って行く、 お守りのような靴 松浦弥太郎
プロダクト
Murray Space Shoe
ぼってりとした愛らしい独特の形状の靴。 これは松浦が長年、旅に行く時に持っていくというマレー・スペース・シューズという工房が作る靴だ。カリフォルニア州サクラメントに工房があり、1足1足がオリジナルで作られるこの靴は、元々、アイススケート選手のアランマレーが自身の足の怪我をきっかけに1939年に考案したものである。
「この靴に出会ったのはもう20年以上も前です。写真家の飯田安国さんとサンフランシスコで自由な旅の取材をしていたとき、彼がまるでドナルド・ダックのような靴を履いていたのです。聞いてみると、その靴は飯田さんが20代の頃にマレー・スペース・シューズという、当時はサンフランシスコの市内にあった靴の工房で作ってもらったものだと教えてくれました。飯田さんはその頃すでに30年以上も履いていて、ソールも減っていました。『ちょうど張り替えをしたいから行こう』ということで、サンフランシスコから車で2時間くらい離れたサクラメントという場所に移転した工房まで一緒に向かったのです。工房のまわりは建物のない、アーモンド畑。アーモンド畑の中にガレージがあって、そこでマリーさんとフランクさんという親子2人で靴を作っているのです。普段は、農家をしながら依頼が来たら靴を作るということをやっていて。その情景をみて、素晴らしいなと思いました。自分もここで靴を作って、旅をしたり仕事をしたいと思ったんです。そして、今作るのではなく、この靴を作ってもらうためにわざわざ日本から旅をしたいとも思い、アポイントを取ってまた改めてサクラメントへ一人で向かいました。それで最初に作ったのがクリーム色の靴。履いてみると本当に快適で、まるで自分の身体の一部のようでした」。
マレー・スペース・シューズの形状は独特だ。これは、足を石膏で形どり、それでできた足型の空洞の中に、また石膏を流す。そうしてできた靴型に合わせて靴を作っていく。その人の足の形に合わせて作っているが、実際の靴を見てみるとピッタリというよりもゆったりとしたサイズに感じる。このゆったりとしたスペースのある形状が快適さを生んでいるのだという。
「一般的なビスポークの革靴はまるでソックスを履いているようなピッタリとした履き心地ですよね。でも、この靴はかなりのボリュームが持たされているんです。靴の名前にも含まれていますが、足と靴の間に十分なスペースが用意されています。それは、歩くといった日常生活を送る中で本当は必要なスペースを持たせているからなんです」。
最初に作ってもらった1足に惹かれ、それからはサンフランシスコへ行くたびにサクラメントの工房へと足を運んだ松浦。すでに工房にある足型に合わせて、色違いでモカシンタイプのマレー・スペース・シューズを増やしていった。そして、下記で紹介しているブーツのタイプは、「世界で最も美しい道」と呼ばれるカリフォルニアのトレッキングルート“ジョン・ミューア・トレイル”の一部のパートを8日間かけて走破するというプロジェクトに参加した時に作ったもの。
「山道を1日に8時間歩くので足が痛くなってリタイアする方も多いんです。僕もそれが怖かったから、フランクさんに『こういう道を歩くんだけど……』と相談をしてみました。それで作ってくれたのが、このマウンテンブーツなんです。歩き終わってみると、一緒に行ったみんなは足にマメができたり、皮が剥けたりしていたけれど、僕の足は何にも問題がなかった。まるで、赤ん坊の足みたいに綺麗に守られていたんです。やっぱり、自分に合っている靴なんだなと思いました。マリーさんとフランクさんは、全身の筋肉や歩き方を見るほか、その人のライフスタイルを知るためにいろいろなコミュニケーションを取ってから靴を作るんです。僕の足や歩き方の情報が集約されている靴なんです。だから、僕は海外に旅行したり、歩くという行程がある時は、必ずマレー・スペース・シューズの靴を持っていく。まさに旅のお守りのような存在です。お爺さんになってもこの靴は履き続けていたいですね」。
松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。
Photo Kengo Shimizu | Interview & Text Takayasu Yamada |