Travel through Architecture by Taka Kawachi
山の麓と池の間にたたずむ 土門拳写真美術館 河内タカ

土門拳という写真家をご存知だろうか。報道写真家であり、著名人や庶民などのポートレートに加えて、ライフワークとして取り組んだ仏像や寺院など、激動の昭和にあって真実を暴くように時代の瞬間を捉えた日本写真界のレジェンドだ。
その土門の故郷である山形県酒田市に建造されたのが、彼の作品を所蔵し展示するための「土門拳写真美術館」だ。開館した1983年当時としては世界的にも珍しい個人の写真美術館であり、土門が酒田市名誉市民第1号となった際に、祝いの席で全作品を酒田市に寄贈したいと語ったことが発端であった。そしてこの美術館を設計したのが、美術館建築の名手として知られる谷口吉生(1937-2024)である。
谷口にとって「資生堂アートハウス」、「清春白樺美術館」に次ぐ3番目の美術館建築だが、直線的な外観を持ち、余分な装飾をおさえたデザインがまず目を惹く。しかしなんといってもここの大きな魅力は、建物の前に広がる池との調和ではないだろうか。谷口はその後の作品にしばしば水景を取り入れるようになったわけだが、ここの池は特にスケールが大きく、建物の幾何学的な造形が周囲の自然と一体となり美しい景観を生み出している。ちなみにこの池、てっきり自然のままのものだと思ったら、建設と同時期に水田だったところを整備した人工池だという。
山の麓と池の間という立地条件のこの美術館は、正面から見ると建物の半分が地面に埋もれているように見えなくもない。池に並行するように連続した花崗岩の壁が水平に広がり、前方に迫り出した直方体の構造物と交差し、壁の背後に展示室のあるメインの建物という構成からなる。池に面した側が正面であるはずだが、入館するためのアプローチは意外にも壁の背後に設けられていて、正面ではなく隠れたような入り口から入るという面白い動線となっているが、実はこれは谷口が好むスタイルなのだ。
展示室に向かう途中に中庭があり、池に向かう高低差を利用し階段状の水盤が傾斜に沿って造られている。壁の中央から少し横にずれたところが四角の開口となっていて、ここが建物と池をつなぐ役目を果たすことで、中庭から流れ出た水がそのまま池へとシームレスにつなげられている。この中庭には存在感のある石の彫刻がぽつんと立っているのだが、これが『土門さん』と題されたイサム・ノグチの作品で、近くの竹が茂る一角に設置されたベンチもノグチがデザインしたものである。
展示室のある館内に入り最初に目にするのが、ザラザラとした壁の上に掛けられた銅板の銘板だ。こちらは土門と親交が深かったグラフィックデザイナーの亀倉雄策が手がけたもの。谷口は土門拳の人となりを建物に反映させるために、作品と著作にできるだけ目を通し、旧知の友人たちを訪ねては意見を聞いて回るうちに、このようなコラボレーションが実現することとなった。

光と陰が織りなす廊下の先が展示室である。この空間は一部を土中に埋め、自然光を遮断するために窓がひとつもない。少し仄暗い瞑想的な空間となっているが、これは写真作品を保護するという目的があったのだろう。さらに、陰影が強いドラマチックな土門の作品に対して、外界をシャットアウトした空間で意識を集中させる効果を谷口は考えたのではないだろうか。
この展示室の先に明るい展示ギャラリーがあり、さらに進むと、池に突き出た直方体の部分の、より明るく開放的なメモリアルホールが広がり、メモリアルホールに隣接している小展示室からは、谷口の依頼で制作された華道草月流三代目家元の勅使河原宏が手がけた飯森山を借景にした枯山水『流れ』が窓越しに広がっている。壁の背後の入り口から館内に入り、水の流れる中庭を巡り、窓のない展示室で作品に浸った後、また明るい場所へ戻るといった陰影を効果的に生かした絶妙なプランだ。
館内をじっくり見た後、屋外に出て池の反対側に立ち、直線的な外観を持つ土門拳写真美術館を正面からあらためて眺めてみると、背後の山と手前の大池と一体化し、光で輝く草花と樹木の深々とした匂いが混ざり合い、自然と調和した本当に素敵な建築だなぁと感心してしまった。雪が降る季節になると、以前は白鳥たちがきまってこの池に住みついていた。そんな情景を見るために四季折々通いたくなる建築だ。
Ken Domon Museum of Photography 
一人の作家をテーマにした日本初の写真専門の美術館として、1983年10月に土門の郷里である山形県酒田市に開館。市街地から南西4kmに位置する飯森山公園の中にあり、前面に池、背後に自然林と丘を配し、鳥海山を眺望する場所に建てられている。土門の作品を約13万5千点収蔵し、彼のライフワークであった「古寺巡礼」をはじめ、「室生寺」「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「文楽」「風貌」などの作品を、保存をはかりながら順次公開している。
山形県酒田市飯森山2-13
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)があり、今秋に本連載をまとめた新刊の出版が予定されている。
| Text Taka Kawachi | Photo Ken Domon Museum of Photography | Edit Yutaro Okamoto | 












