HUSBANDS [Paris] New Tailored Jacket
欲望を解放するジャケット

多様化が進み、個性が認められる今の時代。けれど、自分自身をファッションを通して表現する人は、むしろ少なくなってきているのではないだろうか。私たちは、いつの間にか周りからどう見られるかという視線を軸に装っているのかもしれない。ハズバンズが提示するのは、その先にあるジャケットの在り方だ。
ファッションに導かれて
「私たちは、男性にジャケットへの“欲望”を取り戻してほしいのです」。
パリ2区、リシュリュー通り。ブティックの一室で、その言葉は静かに、しかし確かな熱を帯びて放たれた。語るのは、ハズバンズ を率いるデザイナー、ニコラ・ガバールである。クラシックなテーラードを土台にしながらも、ゆとりのあるシルエットと実験的なエッセンスを組み込んだ仕立てで、世界中にファンを持つハズバンズ。伝統のフォルムを守り、端正でありながらどこか挑発的。その姿は1990年代のファッションシーンを彷彿させる。
「ファッションの世界に飛び込む前、私は弁護士としてキャリアを築いていました。両親を安心させるために。けれど、幼い頃からずっと服が好きだった。憧れていたアーティストたちの表現の中には、絵画や文学、音楽や映画といったあらゆる分野に通じて、“服”という存在があったのです。弁護士として働きながらも、その情熱が消えることはありませんでした」。
1990年代初頭、ジル・サンダー、マルタン・マルジェラ、コム デ ギャルソン、ヘルムート・ラング、そして後のディオール オム時代のエディ・スリマンが、伝統的なコードに挑戦していた時代。ニコラの中でのファッションへの情熱はより明確な輪郭を帯びていく。「本当にクリエイティブなデザイナーが数多くいた時代でした。彼らは『メンズのクラシックとは何か』を問い続けていた。奇抜さのための奇抜さではない。オリジナルであること自体を目的にするのでもない。クラシックを破壊するのではなく、敬意を払いながら再解釈し、内側からその可能性を押し広げていた。私はそこに惹かれたのです」。

テーラリングの幾何学
弁護士を辞め、ファッションの世界へと足を踏み入れたニコラは、やがてテーラリングに魅了される。「2005年から2006年にかけて、私はビスポークという世界を知り、テーラリングの虜になりました。デザイン学校に通う代わりに、イタリアの工場を数多く訪ね、現地の職人たちからできる限り多くを学ぼうとしたのです。業界で長く働いてきた年配の職人たちと出会えたのは、本当に幸運なことでした。テーラリングの基礎、バランス、そしてスタイルの本質、全ては彼らから教わったのです。それまでは、シルエットが格好いいかどうかだけを見ていた。しかし彼らの教えによって、私は“クラフト”というものを理解し始めたのです。ジャケットの着丈、ボタンの位置、肩幅。トラウザーズの股上や幅。そうした要素がどのようにすれば均衡を保つのか。私はいわば、“テーラリングの幾何学”に魅了されたのです。正式な訓練を受けたわけでも、自分で縫えるわけでもない。だからこそ観察と対話を通して構造を学び続けました。そしてある時、静かに確信したのです。自分はデザイナーになれる、と」。
ハズバンズのテーラリング
ファッションへの情熱。そして、テーラリングへの執着。この2つの流れが、ハズバンズを形づくっている。「ハズバンズは、かつて私が熱狂した1990年代と同じ地点に立っていると思っています。伝統的なワードローブの中に、より大胆でクリエイティブな視点を持ち込む。ファッションの創造性と、テーラリングの緻密なディテール。その間に生まれる緊張感こそが、私たちの核です。私たちは、クラシックなメンズウエアの限界の先を探ろうとしています。デザイナーズブランドではないけれど、常にクリエイティブでありたいと考えている。だから最終的には、自分たちを“クラシックメンズウエアの分野におけるデザイナー”と呼んでもいいのではないか。そう考えています」。いまのハズバンズは、以前よりも面白いとニコラは言う。一人からチームへ。思考は立体的になり、アーカイブを再解釈しながら同じ哲学をより高い完成度で実践できるようになった。方向転換ではない。進化である。「進化とは、外へ広がることではなく、内側を研ぎ澄ますことです。私たちは人の命を救うわけではない。ただ服をつくるだけ。それでも服は、人の在り方を形づくる。だから責任がある。新しさとは必ずしも革新ではない。忘れられた生地を選び直すことも含まれる。美しい素材と正確なカット。その積み重ねが佇まいを決めるのです」。そして彼は付け加える。「重要なのは、退屈しないこと。多くのクラシックメンズブランドは、何十年も同じことを繰り返しています。しかし、人は変わる。身体もライフスタイルも変わる。だからボリュームの調整や着心地の改善など、進化の余地は常にあります。より快適に、より力強く、より美しく感じられる服を作る。それは女性のお客様にとっても同じです。私たちは多くの女性のためにもスーツを仕立てている。彼女たちは実験を求めています。だからこそ創造的である必要がある。最終的に、お客様が自分自身のデザイナーになれるように」。

模倣から生まれる自分だけのスタイル
最初は憧れの誰かのようになりたくて服を着る。模倣から始まる。しかし旅路の本質は、他者をコピーするのではなく、自分自身の人格をつくる服装に辿り着くことにあるとニコラは語る。「私の道もそうでした。人から影響を受け、そこから自分のユニフォームへの執着が生まれたのです。そして問いは、自分がどう在りたいか、どう歳を重ねるかへと移っていきました。56歳で30歳と同じ服装はできない。若い頃は自由に実験できますが、年齢を重ねるほどに身体や立場を意識するようになります。結局は、自分のユニフォームを持つことです。シンプルで、即座に着られ、自分を正確に表すもの。ジャケットにジーンズでもいい。白いTシャツに良いデニムでもいい。それが本当に自分なら、それで十分です。重要なのは、他人ではない自分であること。これが私のスタイルの物語です」。

ジャケットという自由な選択肢
「スーツが義務ではなくなった今、ジャケットは最後に残ったクラシックな要素かもしれません。女性たちはすでにその力を理解し、とても創造的に着こなしている。私も同じ考えです。ジャケットはクリエイティブな要素として使うもの。だからこそ、男性にジャケットへの欲望を取り戻してほしいのです。自分に近づけてくれる服に心を躍らせてほしい。服を通して自分の一部を表現し、自分と響き合う何かを見つける。そして、自信を持ち、理解され、魅力的だと感じられるように」。クラシックという規律を内に宿しながら、欲望を肯定するテーラリング。ジャケットはもはや抑制の象徴ではなく、自分自身をまとうための自由な選択肢なのである。
そして最後に、ニコラは日本の男性たちに向けたジャケットの着こなしを教えてくれた。「ひとつ提案をするなら、伝統的な組み合わせで遊んでほしいということです。金ボタンのブレザーにグレーのトラウザーズ。ツイードジャケットにベージュパンツ。ただし、プロポーションで個性を出すこと。ラペル幅、ジャケット丈、パンツの幅。クラシックの限界を押し広げながら、バランスは崩さない。そしてジャケットにジーンズを合わせることも恐れないでほしい。ルールに縛られすぎず、自分なりの解釈で楽しむことが重要です」。

| Photo Laura Zepp | Coordinate & Interview Ko Ueoka | Text & Edit Haruka Aoki |












