Moving Through Nature Ramdane Touhami (Artistic Director)

山に行けば、自分が踏み出した すべてのステップを覚えている

アルゼンチン南部のパタゴニア地方、アンデス山脈にあるフィッツ・ロイ山頂でのラムダン。険しい山でも軽装で挑む身軽さが彼らしい。彼がこれまでに登った山の中で最も美しかったと語る場所。

パリと東京に店舗を持つブランドWORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES(ワーズ サウンズ カラーズ&シェイプス)でのプロダクトデザイン、スイスの山中に建てたDREI BERGE HOTEL(ドライベーグ ホテル)、山をテーマにした雑誌『USELESS FIGHTERS(ユースレス ファイターズ)』。プロダクト、ホテル、出版と、領域を横断しながら活動するラムダン・トゥアミの創造の原点には、いつも“山”がある。スペインで登山している最中にインタビューに答えてくれたラムダンの、自然への愛と衝動的なクリエイティビティの源泉に迫る。

DREI BERGE HOTELの客室。部屋ごとにコンセプトが異なり、世界各地の山々やアウトドアカルチャーへの偏愛が、19の客室それぞれに落とし込まれている。

山が好き
だったら山で働けばいい

取材時、画面越しのラムダン・トゥアミは、スペインの山中にいた。風の音がマイク越しに微かに聞こえる山のなかで石の上に座り、「快適じゃない環境だし寒いんだ。友人たちが待っているから手短に頼むよ」と笑いながら、急ぎ足でインタビューは始まる。その話し方は彼の衝動的なクリエイティビティの発散と容易に結びつくテンポだったが、その軽快さとは裏腹に、彼が語る言葉には一貫して確かな感覚が流れていた。

出版、ホテル、ファッション、プロダクト、空間。クリエイターとしてのラムダンのアウトプットは一見バラバラにも見える。だが、すべての根底には「自然」そして「山」があることが共通している。それは単なるインスピレーションとしての関わりではなく、もっと根源的なものである。クリエイティブの衝動はどこから来るのかと尋ねると、笑いながらこう語ってくれた。「私は“考えてから喋る”タイプじゃない。逆なんだ。なぜそうなのかと聞かれても全然わからない。そういう風に生まれたんだよ」。彼は、自分の脳よりも口の方が速いのだと言う。フランス語には、“Grande Gueule”という言葉があるらしい。直訳すると“大きな口”という意味で、つまり、おしゃべりで思ったことをすぐ口にする人のことを指す。「私は“Grande Gueule”なんだ。考える前にただ喋っている。いまだってそうだ。あまりに早く喋っているから自分が何を言っているのかさえ、喋る前には自覚していないよ。でも時々、自分でも驚いてしまうくらい面白い言葉や知的なアイディアが出てくるんだ」。

喋ってから考え、その衝動のまま動く。彼のプロジェクトの多くは、そうして始まっている。スイス・アルプスにあるDREI BERGE HOTELもそのひとつだ。「私は休暇が大嫌いなんだ。でも山は好きだから、だったら山で働けばいい。山で何ができる? ホテルだ。じゃあやろう。シンプルだろ? だからホテルをつくっただけだ」。“ホテルをつくりたい”というより、“山にいたい”という欲求の方が先にある。彼にとって、山は自然に囲まれて静かにリフレッシュする休息の場所ではない。歩いて、登って、働く。都会にいるときと同じように、忙しなく身体を動かし続けるための場所なのだ。ホテルを建てる場所にスイスのミューレンを選んだのも極めて単純明快な理由。できるだけ荒々しく美しい山を求め、地球上で3番目に好きな山の目の前にホテルを建てたのだという。

ホテルはスイス・ベルナーオーバーラント地方の山岳村、ミューレンにある。標高約1,638m、断崖の上にある小さな村で、正面にはアイガー、メンヒ、ユングフラウの“三山”が広がる。ホテル名の「DREI BERGE(3つの山)」の由来もそこから。

客室やロビーなど、ホテルの至る所に掲げられたフラッグは、山岳クラブのペナントやアルプスの登山文化を再解釈したもの。
平坦なものよりも
上り下りがある方が面白い

ラムダンはなぜそんなにも山が好きなのだろうか。その理由を聞くと、すべての事象に対して、ロジカルに理由を求めようとする私たちの考え方の癖を打ち消そうとするかのように、「当たり前のことだけれど」、という前置きをして次のように語った。「山は退屈しない。5分後には曇って、また5分後には晴れる。風も変わる。全部が動いてる。山だけじゃなく、平坦なものはどんな場面においても退屈だ。上り下りがある方が面白いし、曲線が必要なんだよ」。

山道だけではなく、人生も、仕事も、すべて同じ。山道でも、フラットな道を歩き続けるより、急勾配を登る方が面白い。身体も使うし、呼吸も変わる。澄んだ空気、心地よい風、肌に当たる太陽の光。都市ではノイズに埋もれてしまう身体感覚が、一歩踏み外せば命に関わってしまう危険と隣り合わせの環境では研ぎ澄まされる。危険を避けるため、どこに足を置き、どう体重をかけるかを常に考えながら歩き続けなければならないのだ。「街では一万歩歩いても、どこをどう歩いたかなんて覚えてない。でも山では自分が踏み出した一歩一歩すべてを覚えてるんだ」。その言葉は、今回の会話のすべてを象徴しているようにも思える。

ラムダンが自身のカメラフォルダから提供してくれた、山で過ごした瞬間を収めた写真郡。彼にとって、山での装いはアウトドアを演出するためのファッションではない。実際に山の中で身体を動かし続けるための道具であり、その機能性と美しさは切り離せないものなのだ。

ラムダンが自身のカメラフォルダから提供してくれた、山で過ごした瞬間を収めた写真郡。彼にとって、山での装いはアウトドアを演出するためのファッションではない。実際に山の中で身体を動かし続けるための道具であり、その機能性と美しさは切り離せないものなのだ。

自然への愛と情熱を
体現するための手段

「私は田舎育ちだから、年を取るほど自然との繋がりを感じるようになっている。同時に、自然が壊されていくことへの強い危機感も持っていて、日本でトマトがプラスチックの箱に入れられて売ってるのを見ると本当にショックなんだ」。自然の中で生まれたものを人間が享受する、という生態系が、本来の自然と人間の関係性だ。自然が決めるべき美しさの形を、人間がコントロールしようとしすぎているのだと彼は話す。本当に心から自然を愛しているラムダンだからこその視点と発言だ。「最近は南イタリアに農場を買ったんだが、そこにも近くに山がある。それが私の今のライフスタイルだ。自然の中で活動することと、プラスチックを使わないことに固執している。山に行くための服も、靴も、自分の経験に基づいて自分で作っている。私は人生の半分を山で過ごしているのだから。まずは自分のために作り、それが良ければほかの人に売るんだ」。

ラムダンにとって重要なのは、なんとなく山らしい雰囲気を味わうことではない。実際に山の中に入り、自然の中に自分が存在していることが前提にある。だから、山用の服や靴も、自分自身のために作る。まず、自分で使用するために“本物の”プロダクトを生み出し、それが本当に良いものだと実感できてからはじめて人にも売る。その感覚は、ラムダンが手がけるマガジン『USE LESS FIGHTER』にも通じている。彼はこの出版物を、“自分の作品集”だとは考えていない。「私の作品を見せるための媒体ではなく、山について情熱をぶつけて話したかっただけなんだ」。彼が見せたいのは、ヨーロッパ中心の山文化だけではない。アフリカ、南米、日本の山々にまでスポットを当てる。雑誌のなかで取り上げる内容は、山と戦争の歴史から、アウトドアウエアとモードファッションの関係性、山に生きる部族の現状のドキュメンタリーまで、多岐に及ぶ。現代人にとっての山は、豊かな自然に囲まれてリラックスするための場所としてだけではない。地球誕生から今日に至るまでの歴史のなかで、山でさまざまな文化が生まれてきたのだということを、世界中の山々を歩いてきた説得力とともに、情熱を持って私たちに共有してくれている。

山で過ごす時間から生まれたプロダクトの数々。カラビナを思わせるアクセサリーやダウンジャケット、「Mountain Pants」と書かれたパッチに至るまで、そのすべては自身の経験と山への情熱を形にしたものだ。

山をテーマにした雑誌『USELESS FIGHTERS」Vol.2の誌面。世界中の山々を起点に、そこで育まれてきた多様なカルチャーを記録する。写真やファッション、アートを通して、山と人間の関係性を多角的に探るビジュアルマガジン。

パリ・マレ地区に構えたコンセプトショップ「WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES」もまた、自然との距離を感じさせる空間だ。高い天井と大きな開口部から柔らかな光が差し込み、時間によって表情を変える店内には、山の中で過ごす感覚にも通じる空気が流れている。
AIの時代
人はより自然へと向かう

山と畑、ホテルと雑誌、服と道具。一見すると関連性がなさそうだが、ラムダンの中ではすべて繋がっている。自然の中へ入り、自分の身体をもって本当の意味で理解する。そしてそれを生活の中へ持ち帰ること。インタビューの最後、彼は少し真面目なトーンでこう話した。「AIの時代、人々はもっと自然へ向かうようになると思う。日本は80 %以上が山という恵まれた環境なのだから、日本人は、もっと自然の中で暮らした方がいい」。東京でも家を購入したばかりだというラムダン。選んだ場所は、「WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES」を構えている青葉台のほど近く、目黒区東山。立地はもちろんのこと、“山”という文字が地名に含まれていることが決め手になった。駄洒落ではなく、それほどまでに山は彼のすべてであり、興味を持つものはすべて何かしらの接点で山と結びついている必要があるのだ。

効率や情報ばかりを追い続ける都市生活から少し距離を取って、風を感じること。土に触れること。身体を使うこと。ラムダン・トゥアミにとって山とは、思考を整理する場所ではなく、都会で過ごす時と同じように忙しなく動き回りながら、自分自身が求めるものを再確認するための場所なのだ。

中目黒に構えたコンセプトショップ「WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES」。木々に溶け込むようなグリーンのファサードと、大きな開口部から差し込む自然光が特徴。書籍や衣服、音楽が同居する空間、ラムダンの多面的な関心が反映されている。

Photo  Younes Klouche
Masaki Ogawa
Interview & Text  Aya Sato
Samuel Pattison

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