Style File 10 Creative Director Yuthanan
スタイル=ルーツ ニコラ・ユタナン・シャルモ
スタイルとは何か?それは、その人ならではの生き方であり、服の着方であり、モノとの付き合い方だ。ファッションはお金で買えるけれど、スタイルは買えない。だけど、人から学ぶことができる。スタイルについて考え続ける人生はきっと楽しいものになるだろう。
ニコラ・ユタナン・シャルモ
「Yuthanan(ユタナン)」。この名前をインスタグラムで調べると、アジアを中心とした世界各国の景色や、クラフツマンシップ溢れる現地のアイテムの写真がスクリーンに表示される。そこにはまるで博物館にいるかのような情報量があり、あたかも自分も同じ目線で旅をしているかのような気分にさせてくれるアカウントだ。その発信者こそがユタナンである。丁寧に整えられた髭とメガネ、帽子をトレードマークにしたアイコニックなファッションスタイルが特徴だ。常に世界中を飛び回る彼だが、活動の拠点は東京にある。テーラードのスーツにザ・ノース・フェイスのカスタムジャケットを羽織り、アトリエの棚にはナイキのスニーカーと古い陶器が等価値に並べられている。時代や地域、文化を軽々と飛び越え、新たな価値を提案するユタナン。オリジナリティ溢れる審美眼を持つ彼にとって“スタイル”とは?
過去から学び
未来を作る
「スタイルとは、ブランドや流行とは関係なく、パーソナルなものであり、自身の経験や思い出にインスパイアされるものです。例えばそれは、生まれた国の文化や旅先で出会った文化などが挙げられます。スタイルはそういった自分のストーリーやアイデンティティを表現するアートでもあり、自分なりの審美眼を鍛える訓練でもある。私は自分のルーツを辿りながら、人々が自身のルーツに向き合うきっかけとなるような発信をしています。
私はパリ11区のオベルカンフという様々な人や店が入り混じった賑やかなエリアで生まれ育ちました。父がフランス人、母がタイ人なので、家の中ではフランス語とタイ語、英語が飛び交っていました。幼い頃からさまざまな文化に接する環境に恵まれ、順応することの大切さを学んだと思います。何事も受け入れ、共存し、自分のなかで再解釈して次に繋げることで新たな価値を生み出す。そうやって私のオリジナリティは育まれていきました。
10代後半で母方の母国であるタイへ旅行した流れで、初めて日本を訪れました。その豊かな文化にカルチャーショックを受け、自分の生まれ育った環境とかけ離れた文化や伝統に触れることのおもしろさに興味が湧き、同時に自分のルーツも意識するようになりました。それまではずっと、幼少時代からはタイで夏休みを毎年過ごしていたのですが、フランス人としての文化や考え方しか持ち合わせていなかったと気づいたんです。例えばタイと隣国であるインドや中国との文化の関連性だったり、世界各国のカルチャーの結びつきが見えてきて、地球を繋がっている一つの国と捉えるようになったのです。それからというもの、各国の伝統文化とそのルーツを学ぶべく旅をするようになりました」。
さまざまな場所を旅し
自分の五感で体感する
ルーツであるフランスやタイを飛び越え、世界を巡って異文化を探求するユタナン。ここ10年ほどは、各国の文化に共通点を多く見出せるアジア圏を重点的に旅している。インドやネパール、中国、インドネシア、モンゴルなどを巡ってきた彼だが、生まれ故郷のパリから拠点を移し、今も住み続けているのが日本の東京だという。「私は地球を一つの国として捉えていますが、文化を単一視しているわけではありません。文化はその起源となった国に残され受け継がれるべきですし、国の数だけある文化の多様性こそが全てだと思っています。だからこそ旅をして現地に足を運び、自分の五感で文化を体感して順応することに意味を見出しています。さまざまな国を訪れましたが、日本は自分の価値観やファッションを解放してくれた国でした。たとえば私は無宗教ですが、ムスリムの帽子を被ります。自分が旅した場所のものを着たいというシンプルな気持ちがあるからです。だから多国籍でミクスチャーなファッションスタイルをしていますが、このファッションはパリでは理解されづらい。でも日本はその寛容度がとても高く、私の文化表現としてのファッションスタイルを受け入れてくれています。
日本の伝統的な文化もすごく好きです。北は北海道から南は沖縄の竹富島まで、日本全国を訪れてきました。日本のものづくりにはクラフツマンシップが根付いていて、計算された無駄のない作りやディテールの細かさにはいつも驚かされます。そういった伝統工芸品が展示されている美術館にもよく行くのですが、残念なことに若い人の姿を見かけることは多くありません。だから私のフィルターを通すことで新しい視点を加えて、伝統文化の美しさを若い人にもシェアしていきたいんです。過去に新たなストーリーを加えて、未来に繋げていくことが大切だと思っています」。
市場価値ではなく
精神的な価値が重要
ユタナンのアトリエには、彼が旅をしてきた国々での収集品が丁寧に飾られている。中国の陶磁器やインドの布など、どれも貴重なもののように見える。だがそれぞれの品について聞いてみると、「それは骨董市で数百円で手に入れた木のオブジェです。これも市場価値はほぼないようなお皿ですね」と驚きの言葉が彼の口から飛び出してきた。この言葉が意味するのは、市場価値だけが全てではないということ。「ものを買うときに大切なことは、価格ではなく、自分の心に響くエモーショナルバリューを感じるかどうかです。僕は骨董市によく行くのですが、陶器一つにしても、数百円から数万円まで幅広い値段のものがずらっと並んでいます。その中からこれだという一枚を選ぶときに大切なことは、高価かどうかなどではなく、その一枚に自分なりのストーリーを見出せるかどうかです。たとえ市場価値が数十円だったとしても、自分にとってのエモーショナルバリューがあればいいのです。
私は象をモチーフにしたアイテムも集めています。象に関連するものは全て私にとって感情的価値があるのです。なぜなら象は、私のルーツであるタイでは勇気と誇りの象徴とされており、タイで強く信仰されている仏教においては神聖な動物として崇められているから。私自身は無宗教ですが、そのような理由から象には縁を感じています。私の部屋にあるものは全て、そんな個人的ストーリーやルーツが詰まっています。そうやって自分だけのストーリーを語れるものに囲まれていることも、スタイル表現の一つではないでしょうか」。
Sillage(シアージ)
=船の跡に続く波紋
ユタナンのものに対する審美眼。市場価値に左右されるのではなく、自分ならではのストーリーを加えて価値を見出す。レビューに頼りがちな現代社会においてそれこそが、誰もが実践できて、かつ真に心を満たしてくれるもの選びの基準ではないだろうか。その価値観をベースにしたクリエイティブ表現として、ユタナンは「Sillage(シアージ)」というファッションブランドを率いている。世界各国で集めたデッドストックの生地や古布を再利用し、ユタナンが旅をした国々で得たインスピレーションを表現しているこのブランドは、まさに彼のスタイルと言えるだろう。「Sillage(シアージ)とはフランス語で、『船が通った後に水面にできる水の波紋』を意味しています。私は溢れる好奇心から常に突き進んでいます。そうして得た経験をクリエーションとして表現することは、ユタナンという船の後に続く波紋を残しているとも言えます。スタイルは過去とあなたが歩んできた道に根差しています。それは、あなたが経験した時間や体験、そして偶然の出来事を解釈することで形作られる必然です」。スタイルとはルーツであり、ルーツは過去や辿ってきた道にある。だからこそ自分が生きてきた時間や経験、生まれるまでの歴史や偶然の積み重ねを読み解き、バックグラウンドに向き合うことで導き出される必然こそがスタイルとなっていく。つまりスタイルとは、自身のルーツの航路を辿り、自分だけの「Sillage (シアージ) = 船の跡に続く波紋」を生み出すことでもあるのだ。
ニコラ・ユタナン・シャルモ
パリで生まれ育ち、現在は日本を拠点にクリエイティブディレクターとして活動。世界中を旅して得たインスピレーションを自身が手がけるファッションブランド「Sillage(シアージ)」で服として表現するほか、かたやフォトグラファーやブランドディレクションなども行うなど活動領域は多岐にわたる。
Photo Asuka Ito | Interview & Text Yutaro Okamoto |