Creativity of Charlotte Chesnais
シャルロット・シェネ 愛する日本文化とアートを語る
幾何学的で構築的だがどこか有機的で人間味を感じさせるジュエリーブランド、シャルロット・シェネ。世界的にはもちろん、日本での知名度もここ数年で飛躍的に高まったブランドの一つだ。同ブランドのデザイナーを務めるシャルロット・シェネ(以下シャルロット)は、以前はバレンシアガにてニコラ・ジェスキエール(ルイ・ヴィトンの現レディース アーティスティック・ディレクター)のもとでプレタポルテとジュエリーのデザイナーを9年間に渡って務めた経歴を持つ。ファッションクリエイティブの最前線で刺激的で目まぐるしい日々を過ごしつつ、自分が本当に作りたいものを徐々に考えるようになったという。そうして独立して2014年に始めたのがシャルロット・シェネというジュエリーブランドだ。シャルロットは大の親日家でもあり、これまでに何度も来日しては日本の行く先々で自身のものづくりへの影響を受けてきたと話す。コロナウィルスが収束し始めたこのタイミングで久しぶりに来日したシャルロットに、彼女のクリエイティブに関する考え方を聞くことができた。
ー久しぶりの来日となる今回ですが、改めて日本で過ごす時間はいかがですか?
前回来日した時の景色と大きく変わっていて驚いた場所もありますし、逆に変わっていなくて安心した場所もあります。東京も好きですが、京都も大好きな場所なんです。どちらも個性がはっきりしているし、場所としての違いがコントラストとなって行き来するのが楽しいんです。特に京都はシンプルだけど洗練された日本の美学が凝縮されていて、いつもインスパイアされることがあります。それは例えば何かのオブジェや街並み、自然を感じる瞬間、今まで見たこともなかったぐらい綺麗なものの包み方だったりさまざまです。特に老舗履物屋の「祇園 ない藤」が好きで来日する度に訪れています。あとは金閣寺の裏側にある小さな小屋も今回見つけた新たなお気に入りスポットになりました。
実はこのウェイブという新作のブレスレットが入っているジュエリーボックスは、以前日本で買った小さな木箱がインスピレーションになっています。それはとても美しく丁寧に作られたもので、ニップルの形にするというアイディアに繋がりました。ジュエリーボックスとしての使いやすさはもちろん、オブジェとしての美しさも求めてフランスの職人の手作業で一点一点形作っています。
ー日本の街中を歩く人たちのリアルクローズから何か発見はありますか?
やはりジュエリーの身につけ方から大きなインスピレーションを受けますね。それは女性と男性のどちらからもです。身につけ方や重ね付けの仕方が私が生まれ育ったフランスとはどこか違うんです。日本の人たちは身長や手がフランス人より小さいので、そのことから新しいジュエリーのアイディアやサイズが浮かんだりもしますね。
洋服にしても日本はすごく繊細だと感じます。ネイビーやブラックを基調としつつ、生地が特異的だったり。贅沢を抑えた感じなのですが、しっかりとした鋭さもあって完璧なバランスです。たとえば一見シンプルな白いTシャツにしても、その特定の白色や生地の厚さにしたことに明確な意図や細かな理由があることが日本のものづくりから伝わってきます。襤褸のような古くてボロボロのものに美しさを感じ取る美学も独特ですし、すごく洗練された美意識で羨ましいと思います。
日本人デザイナーだと川久保怜や山本耀司、三宅一生たちの存在は偉大ですね。彼らが生み出したものや価値観、功績はいつもインスピレーションを与えてくれます。彼らのブランドのように一人の人間の名前を背負ったブランドを持つということや、シャルロット・シェネというブランドのアイデンティティやDNAをいかにして育てていくべきかのヒントを日本のファッションシーンから学ぶことが多いです。彼らのように人間としての威厳も磨いていかなければといつも思います。
ーバーバラ・ヘップワースやヘンリ・ムーア、コンスタンティン・ブランクーシなど1920〜30年代のアブストラクトアートがお好きだと聞きました。その魅力を教えていただけますか?
はっきりとは言葉で説明できないのですが、エモーションですかね。好きなものを食べたり、好きな絵画を見たときと同じで、1920〜30年代のアートを見ると説明のできない感情が溢れ出すんです。当時のアブストラクトアートはシャープでカーヴィーだけどとてもシンプルで、それがシャルロット・シェネのジュエリーにも影響しているかもしれません。でも特定の作家の彫刻に影響を受けているということではないんです。全てのクリエイティブを行う人に共通して言えると思いますが、何が影響して、影響していないかを明確に分けることはできないのです。幼い頃から目にしてきたアートや本、旅など全ての経験が今の私のクリエイティブの源なんです。
ージュエリーデザイナーを志した経緯を改めて教えてください。
小さな頃から勉強が好きで、学校での成績も良かったんです。中でも数学が得意でした。でもアートにも興味があったので、自分なら何ができるかを色々検証してきました。働く場所としてはクリエイティブで自由な環境を求めていたのですが、バレンシアガが私にはとてもマッチしたんです。当時クリエイティブディレクターを務めたニコラ・ジェスキエールのもとで過ごした時間は財産ですね。6〜7人の小さなチームで膨大な仕事量をこなさないといけなかったため、苦しい時期もありました。ショーの準備で週末も夜遅くまで働いたりして友達と会えない日々も多かったです。でも自分が選んだ道ですし、ジェスキエールの元で働くことはベストな選択だったと思っています。彼の指導はとても厳しかったですが、それは先を見据えたものでしたし、そのおかげでさまざまなことに対応できるという自信もつきました。
日本の人たちはとても知識が豊富ですよね。たとえばアートだと、作品の詳細だけでなくアーティストの経歴にも詳しかったり。その知識量からアートディレクターになれる素養を持っている人が多いと思いますが、良くも悪くも教科書的でもあると言えます。私の場合だと視覚的な情報や記憶の方がより強いんです。
ー最近はメンズラインやユニセックスのアイテムに力を入れていますね。その経緯を教えてください。
バイナリーチェーンは「シンプルと洗練の両立」を目指したジェンダーレスコレクションです。ラグジュアリーライフスタイルブランドであるバイレードの創業者でありクリエイティブディレクターのベン・ゴーラムからチェーンのデザインを依頼されたことがきっかけでした。彼と話していく中で、男性的でスポーティな面と、女性的で強い美学的センスの両方を備えたジュエリーのアイディアが思い浮かびました。シンプルではっきりしていて、時代に縛られない、そして女性も男性も使えるものを目指しました。でもチェーンはすごくシンプルなオブジェクトだからこそ、両極の側面を組み込むことは挑戦でもありました。私がジュエリーのデザインをスケッチする時は、女性向けや男性向けといったことは意識せず、オブジェクトとして考えていきます。でも結果として女性的なデザインが多いので、誰でも身につけやすいジュエリーをデザインできるよう心がけています。ジュエリーを作るときもデッサンや粘土で形作っていきます。実はデザインをするということは簡単なことで、実際の使い心地を突き詰めるプロセスの方が重要だと思っています。
ー具体的なものづくりの過程について教えてください。
紀元前2000年頃に鋳造されたすごく古いジュエリーのパーツの一部を持っているのですが、そのジュエリーが作られた古代の技術と同じ技術をシャルロット・シェネでも用いています。現在は多くの産業で機械化が進んでいますが、人間の手作業と機械が融合した古代の技術をあえて用いることが好きなんです。泥や蝋を型取りし、シルバー925を鋳造していきます。それを18K ゴールドでコーティングするのですが、これがフランスの伝統技術であるヴェルメイユで、熟練の職人の技が必要なんです。とてもクラシックなものですが、そんな古来の技術を現代で使うからこそモダンな美しさが生まれるのです。
ー使う素材にもこだわっていらっしゃいますよね?
そうなんです。シルバーはほぼ100%リサイクルされたものを使ったいます。“ほぼ”というのは、リサイクルシルバーは少しの新しいシルバーを混ぜないと技術的に作ることが難しいんです。これはプラスティックでも同じで、5%ほどは新しいプラスティックを加えないとリサイクルが難しんですね。だからシャルロット・シェネで使っているシルバーも100%がリサイクルというわけでないのですが、より地球のためを思った新しいものづくりを心がけています。それから私はコレクションを極端に大きくしたいとは思っていなくて。わざとらしく目立つような方法ではなく、小規模でも賢明な方法でクリエイティブを魅せていきたいです。だから逆に言えば、コレクションに新しいジュエリーが加わることがブランドとしては渾身のアイテムであるとも言えます。
シャルロット・シェネではジュエリーの修理も行っています。たとえば綺麗なウールのコートや革靴を持っていて気を遣う人は、良い状態を保つために年に一回は修繕をすることがあると思います。それと同じでお客さんから自身のジュエリーを送ってもらい、シルバーやゴールドを磨いたりや修繕したりすることで、以前とはまた違う新たな一面や美しさ、愛着が見えてくるようなメンテナンスを心がけています。修理することで少しでも長く使うことが本当のサスティナブルですよね。私は田舎で幼少期を過ごし、祖父母は農家でした。だからものを無駄に捨てるという考え方がない環境で育ったんです。ファッションは環境汚染を進めてしまう産業の一つだからこそ、できる限り環境に負荷の少ない方法でいいものを作れるよう努力しています。
■店舗情報
パリ6区のサンジェルマン大通り169番地にセーヌ河の左岸初となるブティックとして2023年1月にオープンしたシャルロット・シェネの直営店2店目。1店目に引き続きオランダ人建築家のアン・ホルトロップとコラボレーションしたこの店舗もユニークな空間となっている。一際目を引く凍った滝のような半透明の一枚板の中に配置されたコレクションは浮遊しているようにさえ見え、時間と空間を超越したような演出がシャルロット・シェネのタイムレスな哲学やデザインと結びついている。この店舗に対するシャルロットのメッセージが印象的だったので以下に引用する。「私は左岸を通じてパリを知りました。子供の頃からその通りに馴染みがあり、その後住居を構えるにいたりました。私のファンタジーを投影した、エレガントで少し陳腐なパリの小宇宙のような場所なのです。そこに2店目のブティックをオープンできたことは、私の誇りです(シャルロット・シェネ)」。
Photo Keiichi Sakakura | Edit Yutaro Okamoto | Special Thanks EDSTRÖM OFFICE |