Interview with Hideki Tohno (PHIGVEL)
ヘリテージ要素と現代のムード バランスを見極めたものづくり
東野英樹
ヘリテージを編集して楽しむ
「ヘリテージとは全てのファッションのベースだと思います」。そう話すのは、普遍的で無骨なアメリカンカジュアルやワークウエアをベースに、現代の日常生活に馴染むニュークラシックなものづくりを行うフィグベルを率いる東野英樹だ。オーセンティックさと品の良さを絶妙にミックスしたフィグベルの服は、上質を求める男らしい人たちに支持されている。東野はヘリテージという言葉をどう捉えているのだろうか。
「ファッションにおけるヘリテージとは、ワークやミリタリー、アウトドアなど道具やユニフォームとして作られた服で、目的やストーリーが明確にあるものだと思います。素材選びやパーツの一つ一つに根拠がありますし、だからこそ現代の洋服のベースになっている存在でもあります。用途の多さからいろんな要素やパーツが詰め込まれたものもありますが、それすらも成立していて無駄がないことにいつも学びがあります。ヘリテージの魅力はそこに尽きると思います。情報を集めることが困難な時代に作られたものが多いですが、作り手が目的を持って考えを積み重ねた服が現代のファッションに大きな影響を与えていることは本当に偉大ですよね。様々なブランドやメゾンもワークウエアやミリタリーウエアからインスピレーションを得たアイテムを常に出していますし。でも変な話、ワークウエアがすごくデザインのアイディアソースになるかと言えばそこまでだと思います。例えばカバーオールにしても、よっぽど飛躍したデザインにしない限りはカバーオールはカバーオールですよね。でもワークウエアやミリタリーウエアのようなヘリテージアイテムを編集し直して楽しむ能力が日本は高いと感じます。ある種完成されているからこそヘリテージとして受け継がれているわけで、それを現代の自分たちがどう解釈して新しいものとして生み出すかが大切だと思っています」。
目的ある機能性や素材
そして道具としてのストーリー
東野は自身のことをファッションデザイナーだとはあまり思っていないと話す。目的が明確で、歴史とともに確立された存在であるヘリテージアイテムを編集する感覚でものづくりをしているのだ。現代のファッションにも影響を与え続けているヘリテージアイテムだが、その魅力に東野はいつから惹かれていったのだろうか「。フィグベルを始めたばかりの頃は自分なりの表現スタイルを模索していました。時代のムードを感じつつ自分の好きなものを振り返っていると、ワークウエアがふと目に入ってきたんです。目的を持った道具として機能性やストーリーのかっこよさを純粋に感じましたし、それからは集中的に色々と調べるようになりました。カバーオールやオーバーオール、ペインターパンツといった代表的なウエアから徐々に幅を広げていき、その流れでミリタリーウエアなども見るようになっていきました。その時期にどっぷりとヘリテージアイテムについて勉強したことが今のフィグベルのものづくりに繋がっています。
特定の年代に強いこだわりがあるわけではないのですが、30~40年代に作られたものには魅力を強く感じることが多いです。まだそこまで大量生産が進んでいたわけではなく、時間をかけて丁寧にこだわりを持って作られたものが多い印象です。効率云々ではないものづくりをしていたと思う手間ひまがかかっていたりもします。縫製でいうとワークシャツのようなタフな目的のためのアイテムにしても、運針(針の運び方の基本となる並縫い)がすごく細かったりします。そういったアイテムは50年代頃までは多く、それが当時の服が僕にとってかっこいいと思える理由の一つだったんです。ドレスシャツは細い糸で細かく運針を施しますが、ワークシャツであっても運針が細かいものの方が明らかにかっこいいんです。デニムでさえも運針が細かいもののほうが僕は好きです。そう思い始めて以来、フィグベルの服作りにおいて運針へのこだわりは強まっていき、細くないと嫌だと思うほどになりました。今では多く見られるようになりましたが、当時ほど運針を細く対応してくれる工場が数年前はほとんどなく、すごく苦労したことを覚えています。諦めずに交渉を続けてセッティングを変えていってもらい、求めていた運針の細さが実現できたときは感動しましたね。ワークウエアやミリタリーウエアだから一概にヘリテージというわけではなくて、そういう細かい作り込み一つ一つにヘリテージとして習うべき魅力が詰まっているんです」。
現代でいかに編集するか
ヘリテージの価値ある部分と
現代のムードとのバランス
ヘリテージと呼ばれる服はなぜ魅力的なのか。その理由を一つ一つ検証していき、現代の素材や技術を用いてどうアップデートできるのか。その積み重ねがフィグベルの服にヘリテージな空気感と上質さをもたらせていたのだ。「僕自身は天然素材が好きなのですが、昔の服を見ていてももちろん天然素材が多く使われています。もちろん現代で服を作るからには合成素材も使いますが、まず天然素材を中心にして考えるところから始まります。かっこいいなと思うヘリテージのアイテムに使われている素材を分析して、できるだけそれに近い素材を使うことは多いです。でも例えばリファレンスになる服がポプリン(ウール、綿、または絹の厚い生地)を使っていたとしたら、それに近いポプリンを使うにしてもどうすれば違いを生み出せるかを意識します。風合いを出すために表面に独自の加工をすることも方法の一つです。そうして作り上げたフィグベルの服とアイディアソースとなったヘリテージの服を比べてみると、パッと見は同じでも触ってみると全然違う質感なんですね。着ることで初めて感じる驚きを作ることが好きなんです。ヘリテージと呼ばれるワークウエアやミリタリーウエアは、そもそもは道具として生み出されたタフで機能的なものです。そのような服を現代の日常生活の中でファッションとして着るのであれば、当時と同じクオリティだと着心地はよくなかったりする。フィグベルでは“ニュークラシック”というコンセプトを掲げていますが、古き良き服を現代の日常生活で快適に着るための素材選びやディテールのアップデートを心がけています。要はバランスが大切なのだと思っています。ただ単にヘリテージを復刻するのではなく、ヘリテージの良い部分をきちんと見極めて、今の時代のムードに合うクオリティとして成立させるためのバランスですね。なんかこれ良いよね、って感じるものは説明しづらかったりしますよね。でもそう感じるのはバランスが整っているからで、曖昧だけど心地よく感じるものをフィグベルも目指しているのかもしれません」。
未来は過去にある
ヘリテージをそのまま再現するでもなく、突飛なことをするでもなく、過去に生み出された価値と今だからできることのバランスを取る。そのバランスこそが現代のライフスタイルに合う着心地ということだろう。「洋服だけでなく何においても言えますが、過去のものを見ることで未来が見えてくるのだと思います。歴史を振り返り、先人が生み出したものを今を生きる自分はどう飛躍させたアウトプットにするのか。その繰り返しで新しいものが生まれてくるのではないでしょうか。だから現代で作られたものが未来の人たちのインスピレーションになるはずですし、そこからまた新しいものが生まれるのだと思います」。過去に未来のヒントがある。先人が積み上げてきた価値に向き合い、現代を生きる自分はどういう付加価値を与えるか。そして現代で生まれる新しい価値が、未来にとってのヘリテージとなっていく。東野とフィグベルのものづくりはそのバランス感覚が優れているからこそ、どこか懐かしくも新しい空気感をまとっているのだ。長く愛せるデザインと長い時間を共に過ごせる上質さ。フィグベルのアイテムが新たなるヘリテージとなるのは間違いない。
東野英樹
2002年にフィグベルを立ち上げる。「New Classic」をコンセプトに掲げ、ワークウエアやミリタリーウエア、アメリカンカジュアルなどヘリテージなアイテムを再解釈したものづくりを行う。
◯ PHIGVEL
http://phigvelers.com/
Photo Yusuke Abe | Interview & Text Yutaro Okamoto |