MUSIC BEAUTY RYUICHI SAKAMOTO
坂本龍一が現代へと受け継ぐ 沖縄伝統音楽の美
「教授」の愛称でも親しまれ、2023年3月28日に71歳でこの世を去った坂本龍一。日本でテクノポップのムーブメントを巻き起こした伝説のバンドYMO時代を経て、ソロとしての活動も生涯精力的に行ってきた。1987年には『戦場のメリークリスマス』の映画音楽において日本人で初めてのアカデミー作曲賞を受賞、そのメインソングでもある「Merry Christmas Mr. Lawrence」は世界的な名曲のひとつだ。今回はそんな坂本龍一が8枚目のオリジナルアルバムとして1989年にリリースした『Beauty』という作品を紹介したい。というのも、坂本龍一は度々沖縄音楽を取り入れた作品をリリースしていて、本作でも竹富島に古くから伝わる「安里屋ユンタ」と、本島中心に親しまれている「ちんさぐの花」の2曲の沖縄民謡カヴァー、沖縄民謡を思わせるコーラスが入った「Calling From Tokyo」、19世紀半ばの作曲家スティーヴン・フォスターの「金髪のジェニー」に沖縄方言の歌詞を乗せた「Romance」が収録されるなど、シャープな雰囲気の中にどこか親しみやすい沖縄を感じる作品となっている。ブライアン・ ウィルソン、ロビー・ロバートソン、ロバート・ワイアット、アート・リンゼイ、スライ・ダンパー、ユッスー・ンドゥール、ピノ・パラディーノ他、あまりに豪華な参加メンバーを迎え、ロバート・ワイアットとブライアン・ウィルソンのヴォーカルによるローリング・ストーンズの「We Love You」カバー、韓国の楽器、カヤグムを使った「A Pile of Time」、ユッスー・ンドゥールのボーカルが情熱的な「Diabaram」、中国の伝統楽器二胡を取り入れた「Adadio」など異国情緒も感じられる良曲が並ぶ。また本作以外にも1987年のアルバム『Neo Gio』 収録の「Neo Gio」や「Okinawa Song」、2004年の『Chasm』収録の「Undercooled」、2015年に同曲を4人の女性沖縄民謡グループ、うないぐみとのコラボレーションバージョンをリリースしたことも印象的だ。うないぐみのメンバーとは共にツアーを行っていたこともあり、海外でのライブパフォーマンスで沖縄音楽を演奏するなど、沖縄の由縁を感じさせる活動を行ってきた坂本龍一。そもそも沖縄音楽には、琉球王国時代に王宮内で生まれた沖縄古典音楽と、各島々で庶民に親しまれてきた沖縄民謡が存在するのだが、いずれも西洋音階においての「ドレミファソラシド」の「レ」と「ラ」を抜いた琉球音階と呼ばれる音階が用いられ、その独特の音階が沖縄音楽特有のエキゾチックな香りを生み出している。以前、坂本氏が出演していた「スコラ」という音楽番組で、沖縄音楽と同じ音階を持つインドネシアのガムランという民族音楽が、ドビュッシーなどのクラシック音楽の巨匠たちへも大きな影響を与えたという説を取り上げていた。格式から自由になったことで更なる発展を遂げた音楽、そして新しい出会いによって生まれる音楽の可能性について言及していたように、坂本氏自身の作品にもそのスピリットを受け継いだ冒険心が投影されているようである。教授が私たちに教えてくれた音楽の奥深さ、そして歴史と豊かな表現力を持つ沖縄音楽の美しさ。日本だけでなく世界でその伝統が親しまれることは私たちにとっても嬉しいことだ。近年では民謡や民族音楽が現代のポップスなどに取り入れられ、若い世代が民謡に触れる機会が増えてきた。伝統ある音楽の心温まる美しい音色に耳を傾け、その個性豊かな魅力を私たちはこれからも受け継いでいきたいものである。
Select & Text Mayu Kakihata | Photo Taijun Hiramoto |