MUSIC THE NIGHTFLY DONALD FAGEN
至高のサウンドワークが描く ビターな都会の夜更け

The Nightfly
Released 1st October 1982
Length 38:00
Warner Bros. Records
午前4時9分を指す時計、チェスター・フィールドのソフトケース(ジェームス・ディーンも愛煙していたことでも知られ1940年代頃に親しまれていたシガレット)、ソニー・ロリンズの『Contemporary Leaders』(1958)、ターンテーブルでRCA社製リボンマイクを握る深夜ラジオDJに扮したドナルド・フェイゲン。そんなジャケットでお馴染みなのが、1982年にリリースされた『Nightfly』だ。相方のウォルター・ベッカーとともにスティーリー・ダンとしての活動を経たのち制作された本作は、ソロ1作目にして歴史的なマスターピースとして発売から約43年が経った今もなおエヴァーグリーンな煌めきを放ち続けている。私がこのアルバムに出会ったのは学生時代。今まで聴いたこともないくらいクリアなサウンド、都会的なムードが広がるその音楽に終始興奮が止まらなかった。父が懐かしそうに「若い頃はみんなこのアルバムが憧れだったんだ」と部屋を覗きにきたのを覚えている。当時の何も知らない私ですら音が良いと感じたように、サウンドエンジニアたちのスタジオ・リファレンス盤としても定評があるなどその音質は業界でもお墨付き。レコードの録音技術が相当進歩していたという点も大きいが、名マスタリング・エンジニアのボブ・ラドウィックによるマスタリング(目印としてレコードのデッドワックス部分にRL刻印がある)のマザーを各国に配給し生産したことで、一定の品質が保てるようになっていたようだ。CDが生まれたのもまさに82年。デジタルレコーディングの先駆けとも言われ、新しい録音技術を取り入れながらデジタルとアナログの融合に奮闘したその成果が『Nightfly』であり、その高品質な音楽はいつまでもタイムレスな輝きを私たちに届けてくれる。スティーリー・ダン時代からドナルド・フェイゲンはシニカルかつ知的、そしてナードな人物として知られているが、スティーリー・ダンというネーミングも、ビートジェネレーション作家のウィリアム・バロウズの小説『裸のランチ』のなかで登場するポルノ用品から来ているそうだ。そして彼の音楽にはジャズへの敬愛がいつも根底にある。本作に収録の「New Frontier」のMV(ラジオ愛の強い彼は、映像がないほうが想像力が掻き立てられるという理由からMVの制作を好んでいなかったため映像付きの作品としては珍しい)の中でもデイヴ・ブルーベックの『Take Five』が登場。ポップなアニメーションが差し込まれる作りもモダンな世界観を効果的に演出している。そして彼が自らについて語った『ヒップの極意』という著書がある。「批評家になりたいわけではない。私はウィリー・“ザ・ライオン”・スミスのいういわゆる『ほんとうにいい』ものについて書きたいのだ」そう記されたこのデビュー著書の中には、青春時代に影響を受けたミュージシャンやジャズ専門のラジオDJをはじめとするヒップスターの存在、文句だらけのツアー日記、大学時代の回想など30年間のなかで書き留められたユニークな話に加え、書き下ろしのエッセイなどが収められている。元々彼には神経質で気難しいキャラクターイメージがあったし、実際ロジカルで皮肉っぽい文句が多いことは確かであるが、わたしにはその捻くれ者の毒舌すらも彼の魅力のひとつに映った。音楽や文学などの芸術との向き合い方や愛情が彼なりの手法で語られていると思えたからだ。知らない名前や作品名、むずかしい用語やエピソード、目に止まるたびに調べたり聴いたりしながら教科書を読むみたいに少しずつ読み進めていく中で、彼の文筆家としての才能にも驚かされた。『Nightfly』のジャケットには、これまで彼が自分の中で追い求めてきた「ほんとうにいいもの」の美学が映し出されているようである。鋭い洞察力や風刺感覚、録音への強いこだわり、選び抜かれたプロフェッショナルなスタジオミュージシャンたち、完璧を突き詰めたこの極上の音楽芸術はスティーリー・ダンの集大成でもあり、自身のルーツと本質を綴った彼なりの自叙伝なのである。「わたしだって成長したい気持ちはやまやまだったのだ。嘘じゃない。だが思ったようにはならなかった。たぶんわたしはいまだに青春時代のほうが、今現在やその間の半世紀よりも、リアルに感じられてしまう人種のひとりなのだろう。でもそのどこが悪い?」─ドナルド・フェイゲン
ドナルド・フェイゲン
1948年生まれ、ニュージャージー州出身のミュージシャン。1972年にウォルター・ベッカーと共にスティーリー・ダンを結成し、1982年に発表した『The Nightfly』でソロ活動をスタートさせる。論理的かつアイロニーに満ちたソングライティング、洗練されたサウンド、卓越したスタジオワークで、音楽界に新たな境地を開拓した。
| Select & Text Mayu Kakihata | Photo Taijun Hiramoto |












