Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi
現代のクリエイターを刺激し続ける マン・レイの実験的な写真

by MAN RAY (1934)
やっていることに驚かされる
野口強
マン・レイは、美術史の中のシュルレアリストという枠に収まる存在ではない。レイヨグラフやソラリゼーションといった技法の先駆者でありながら、「写真とは何か」という問いそのものを更新し続けた実験者だったと言える。被写体を記録するのではなく、光や影、オブジェクトの配置によってイメージを発明する。その姿勢は、後のコンセプトフォトグラフィーはもちろん、ファッション、広告、デザインなど視覚文化のあらゆる領域に浸透し、現在でも度々参照され続けている。とりわけ、マン・レイによるアイコニックな“目”や“唇”、“バイオリン”といったモチーフは、単なる作品を超えて、時代を横断する記号として機能している。つまりマン・レイとは、過去の巨匠というよりも、いまもクリエイターたちに引用され続ける発想の原点だ。100年前の作品でありながらも古びないのは、そもそもの思考がラディカルだったからだろう。そうした視点から改めてマン・レイの写真集を見つめ直すとき、重要になるのは作品の歴史的価値だけではない。むしろ、いまの感覚で見てもなお「どうやって思いついたのか」と驚かされる、その発想の鮮度にこそ意味がある。スタイリスト野口強にとっても、マン・レイはまさにそうした存在だという。「これ、1953年に書かれた本人のサインが載っているんだよ。よく見るマン・レイの写真集じゃなくて、こういうのが面白いんじゃない」と手に取ったのは、“MAN RAY Photographies 1920-1934”というリングバインダーで綴じられた珍しい1冊。この1冊は3.11の地震で本棚が倒れ、水浸しになったという。「本当はもっと綺麗だったんだけどね」。マン・レイの中で最も惹かれる写真を尋ねると、即座に答えが返ってくる。「一番はやっぱり目の写真[涙]じゃない?ポートレートよりもこういう方がマン・レイの場合は面白い」。視覚のトリックやコンセプトが立ち上がるイメージに、彼は強く反応する。「レイヨグラフみたいな、実験的な写真が好きなんだよね」。写真でありながら写真を超えようとする試み、その“発明性”こそがマン・レイの核心だと感じている。 この写真集は初期のパリフォトで購入したという。「プリントは買えないからこれを買ったんだけど、当時でもまあまあ高かった。ベタ焼きをそのまま貼り込んだ本も存在していて、それは、印刷物じゃないから当時でも100万円近くした」。写真集と作品の境界が曖昧だった時代のものだ。野口がマン・レイを本格的に見始めたのは三十歳頃。「最初は“目”のやつから入って、写真集を買ったり、プリントTシャツを買ったりね」。マン・レイのTシャツは、いまでも度々ファッションブランドやセレクトショップなどでも登場し、アイコニックなイメージとしてファッションに引用され続けている。ページをめくりながら、野口はある写真で手を止める。「このリンゴにビス打ってる写真[Apple and Screw]、シャレてない? 1930年代でこれやってんだよ。勝てるわけがないよね、令和の人間が」。

約100年前の作品がいま見ても古くなく、当時すでに“先に行き過ぎていた”という感覚。「どういう頭の中になってんの、って思うよね。生きていたら聞いてみたかったよ、本当に」。その発想は絵画的でもありながら、どこか違う。「絵画から来てるのかなと思うけど、中の写真見ていくとやっぱ違うじゃん」。ジャンルを横断しながら成立してしまう強度が、マン・レイの特異性だ。 「作風はそれぞれ違う写真いっぱいあるけど、ちゃんと成立してるもんね」。パリやアメリカなど拠点を移しながら変化したスタイルも、すべてが一人の作家として結実している。その多様性こそが後のコンセプトフォトグラフィーに決定的な影響を与えたのだろう。


ソラリゼーションについても、「走りでしょ、この人」と語る。技法の発明者としてではなく、“思いついてしまった人”として捉えているのが興味深い。 野口自身の仕事にも、その影響は確実に及んでいる。「物撮りの仕事の時とかは、やっぱり思い返したりするよね。さっきのビスじゃないけど、ああいうことから派生してったり」。マン・レイは具体的な引用というより、発想のスイッチとして機能している。「アイディアソースだよね。でも、この人に影響受けた人、いっぱいいるでしょ、きっと」。直接的な系譜を語るのではなく、感覚的に連鎖していく影響を感じ取っている。では、100年経っても古びない理由はどこにあるのか。「いや、わかんない。でもヒントにはなるんじゃないの?今はデジタルを駆使するしかないわけでしょ。いろいろやる上で」。100年前の実験が、いまもなお現代のクリエイターを刺激し続ける。マン・レイとは、過去の巨匠ではなく、現在進行形で思考を揺さぶり続ける“アイディアの源泉”なのである。
野口強
1989年から、スタイリストとして長年国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌や広告を中心に活躍し、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも、写真集は状態を確かめるため実際に書店で確かめてから購入している。
| Photo Masato Kawamura | Interview & Text Takayasu Yamada |












