Season Inspiration. 1
作り手の人間味溢れる一点ものの美しさ
極上の一点もの
時間や労力を惜しまずに人の手で丁寧に作られるものは、不思議なことに作り手の情熱が宿る。機械的な大量生産ではなく、一つ一つに向き合って作られるからこそ表情もさまざまであり、それは個体差という唯一無二の美しさになる。本当の贅沢とは値段や素材の話ではなく、ものづくりの裏側にある作り手の存在やストーリーを感じ、心を満たすことではないだろうか。この企画ではそんな極上の一点ものを2人の生粋の目利きに紹介してもらう。
クラシックと最先端のバランス
「バード・アンド・ケージというブランドのアイウェアで、最高級のバッファローホーンを手作業で削り出しています。デザイナーのマックス・シュストフキーは、以前はアラン・ミクリ(アート性の高いアイウェアが支持されるフランスのブランド)でレンズ職人として活動していました。その経験があってか、バード・アンド・ケージのアイウェアもクラシカルでありつつ非常に独創的です。海外の映画監督や音楽家をはじめとした表現者と呼ばれるような人に愛用者が多いですね。バッファローホーンはデリケートな素材のため熱を加えられず、クリングスや蝶番でかけ心地を調整します。こういうクラシックな要素の強いアイウェアを作る人は蝶番などもクラシックなものを使いたがることが多いですが、マックスはアラン・ミクリにいただけあって機能性の高い新しいパーツを積極的に取り付けるようなハイブリッドな感覚を持っています。独創的な形だからいいのではなく、そういうモダンな要素も取り入れ、かけ心地の良さも含めて高級感を得られることが美しいです。彼はバージニア州の郊外にあるヴィンテージの洋館に住んでいるのですが、庭に停まっている車はメルセデスベンツのEQ(電気自動車のシリーズ)で、家の中に入ると何百年も前のペルシャ絨毯が引かれた床の上には最新の家電が置かれている。そうやってクラシックと最先端をどちらも取り入れるそのバランス感覚が素晴らしいですし、それがバード・アンド・ケージのアイウェアにも現れています(石崎)」。
ベコベコの金の塊という贅沢
「ロサンゼルスで宝飾取引が盛んなジュエリーディストリクトにて40年以上ゴールドスミスとして活動するヴァネリアンという一族がいるのですが、そのメンバーの一人である若きアラム・ヴァネリアンが手がける24Kのゴールドリングです。ヴァネリアン一族のファミリービジネスとしては贅を尽くしたような華やかなジュエリーが特徴なのですが、アラムはその系統からは少し外れた異端児のような存在。今回紹介するハンマーワークが施された24Kのゴールドリングを見てもらうとわかると思いますが、アラム自身もラグジュアリーなものよりは粗野でプリミティブなデザインを好んでいます。だから彼が作るジュエリーは皮膚の一部のようにずっと身につけていられるような存在です。本当の贅沢を感じる瞬間というのは、ピカピカに磨かれて傷一つないものを手に入れた瞬間ではなく、使い込んで自分の一部だと感じられるようになった瞬間なのかもしれないと思います。あくまでも価値観の話なので人それぞれですが、アラムは昔からいかに自然体であるかという感覚を大切にしていて、そんな彼が作るジュエリーだからこそ私はずっと付け続けていたい。若い頃のように沢山のアクセサリーを身に付けることがなくなった今でも、この一点で自分のアイデンティティを表現できてしまう唯一無二の存在感が魅力なんです。今は年に一度、アラムの来日に合わせてオーダー会を開催しています(石崎)」。
石崎孝之
Wolf & Wolff代表。ウォッチディーラー兼ファッションプランナーとして最高品質のヴィンテージ ウォッチのバイイングやブランドのディレクションなどを手掛ける。
極上の一点もの
究極のアルチザン
「イザベラ ステファネリは、同名の女性がたった一人で服作りを行なっているブランドです。糸を選び、手織機で生地さえ自分で作ってしまうんですよ。その生地にパターンを引いて裁断し、組み立て、手縫いで仕上げていきます。染色は木の根っこや、鉄分などを配合する独自のレシピでイザベラが行なっています。出荷作業も彼女が行うのですが、下げ札は自分でタイプライターを打ち、紅茶でパッっと染めて作ってしまうんです。ものづくりをする人間としてもう究極の姿ですよね。幼い頃からテイラーの父の横で針と糸を手にバッグを作り、成長するにつれてさまざまなブランドで服作りを経験してきました。特に凄いのがパターンで、ハギをせず布一枚だけで立体的に仕上げていくことができるんです。現代でここまで生粋のアルチザンはなかなかいないと思いますね。だから生産量にも限界がありますし、新作の発表は年に一回だけ。ネット販売も禁止されています。イザベラ自身も基本的には露出をしない。そのヒソヒソ感もまたたまらなく魅力的に映るんです。イザベラはアイテムごとにモチーフとなる人物を設定するのですが、この赤いコートはビートジェネレーションの詩人アレン・ギンズバーグをイメージしたものです。エディション1/1の完全一点もので、イザベラが手作りした生地をスコットランドの機屋でアップデートし、それをイザベラが手作業でパッチワークした強烈なアートピースです(坂矢)」。
100%天然のいびつな美しさ
「マリコ ツチヤマは、イギリスのブライトンという海辺の街で制作を行う日本人女性が手がけるジュエリーブランドです。バロックパールといって、人の手が最小限しか加えられず自然な形に成長した真珠のみを主な素材として扱っています。真珠は真っ白でまん丸なものが一般的には人気なのかもしれませんが、作為的ではないバロックパールのいびつな美しさにマリコツチヤマは気づいてしまっているのです。だからもうバロックパールにしか彼女は興味を示していない。一粒一粒を自身の目で見定めて買い付け、自然な美しさを損なわないようにミニマルなデザインでジュエリーに仕上げています。特に今回紹介するのはスペシャルな一点で、ケシパールを使ったものです。パールは貝の中に核を入れて、その周りに母貝の分泌液が何層にもなって巻かれることでできあがります。バロックパールの場合は核を人の手で入れるのですが、ケシパールは貝の中に偶然入り込んだ砂や異物が核の代わりになった正真正銘の100%天然もの。唯一無二のいびつな形はもう奇跡の美しさですよ。留め具に使われている金具もデザイナーのマリコさんが作ったもので、これもいい意味で整いすぎていないユニークさが素晴らしい。知り合いの紹介で彼女のパールに出会ったのですが、一目見た瞬間に『あ、来たなこれ。すご』と思ったことを覚えています。僕自身が初めてパールを買ったブランドもこのマリコ ツチヤマです(坂矢)」。
坂矢悠詞人
石川県にてセレクトショップ「フェートン」や紅茶専門店「ティートン」、香水専門店「フェートン フレグランス ロングバー」など数々のショップをディレクションする。
Photo Taijun Hiramoto | Edit Yutaro Okamoto |