Drakeʼs [London] New British Style

ジャケットという自由

マイケル・ヒル。2010年よりドレイクスのクリエイティブ・ディレクターとして活躍。サヴィルロウに構えるドレイクスの旗艦店にて訪れる人々を親しみをもって迎え入れる。

かつて、規律や権力の象徴として英国で生まれたジャケット。時代とともにカジュアル化が進み、装う理由も、装い方も、自由になった。それでもなお、ジャケットだからこそ自信を持って足を踏み入れられる場所がある。背筋を伸ばしてくれる一着がある。そのことを改めて教えてくれたのが、サヴィルロウに新たな風を吹き込むドレイクスだ。

規律と技術が受け継がれる
サヴィルロウという場所

ロンドン、メイフェア地区に位置するサヴィルロウ。ビスポークのテーラーが軒を連ねるこの通りは、約200年にわたり英国テーラリングの象徴であり続けてきた。ビスポークという言葉は「been spoken for(語り継がれる)」を語源とすると言われ、長い年月のなかで磨かれ、受け継がれてきた文化だ。いまもなお、メンズテーラリングの中心地としてその精神が息づく場所。時代は変われど、規律と技術が確かに受け継がれている。その一角に掲げられた看板のひとつが、“ドレイクス”である。1977年、マイケル・ドレイクによって創業。ハンドメイドのタイメーカーとしてスタートし、現在ではスーツやジャケットを含めたトータルコレクションを展開する、英国を代表するメンズブランドである。その創業者のもとでキャリアを重ね、現在クリエイティブディレクターとしてブランドを率いるのがマイケル・ヒルである。

「18歳のときからサヴィルロウで働き、この場所で30年近くを過ごしてきました。その間、多くの変化を見てきましたが、変わらないものも同時に見てきました。長い年月を経てもなお、この通りに残り続けているテーラーがある。200年近い歴史を持つヘンリー・プールやハンツマンはいまも健在です。継続の中に変化がある。それは本当に素晴らしいことだと思います。サヴィルロウはいまもメンズテーラリングの中心地であり、世界的に知られる存在です。日本でもその名は広く知られ、『背広』という言葉自体の語源にもなっていますよね。そうした場所に身を置けることは幸運だと感じています」。オフィスの窓からは、階下で裁断や縫製が行われている様子が見える。ロンドンの中心に、その光景がいまも続いている。その事実自体が、この通りの特別さを物語っている。

「すべては生地から始まる」と話すマイケル・ヒル。北イングランドのヨークシャーや南西部サマセット、スコットランド、シェットランド、北アイルランドのドニゴールなど、ドレイクスは英国各地のミルと協業し、土地ごとの個性を一着に落とし込んでいる。

もともとタイメーカーとして創業したドレイクス。店内には色とりどりのタイと、合わせたいシャツが並び、訪れる人の心をくすぐる。単体で提案するのではなく、その人に合ったトータルコーディネートを提案し、伝統に裏打ちされたモダンなスタイルに出会うことができる。
新たな英国ジャケットスタイル

マイケル・ドレイクの右腕として活躍し、2010年の彼の引退を機にブランドを継承。マイケル・ヒルが舵を取るドレイクスが、サヴィルロウに店を構えたのは2019年のことだった。伝統が息づくこの通りに、新たな風が吹き込まれた瞬間でもある。「私はマイケル・ドレイクのもとで多くを学びました。彼は英国製の生地やアクセサリーを世界に紹介してきた人物で、とりわけイタリアとの関係が深かった。そうした背景から、ドレイクスには自然とイタリアの感性が流れ込んでいます。どこかパリのような空気もある」。優れた英国生地を用い、イタリアのファクトリーで仕立てる。構築性を保ちながらも、柔らかく、よりリラックスしたアプローチ。そのバランスが、従来の英国テーラリングとは異なる表情を生み出している。「英国ブランドとしての感性を持ちながらも、どこかモダンで、新鮮な印象があったと思います。そしてその姿勢は今も変わっていません」。

現代における英国テーラリング

英国のジャケットやスーツ、コートが時を経ても残り続けてきたことには理由がある。とりわけ生地は大きな要素であり、いまも優れた織り手がいて、スーツはその技術の祝祭のような存在でもある。「英国のスーツを美しく着こなす人を見ると、その装いは人格やキャラクターと自然に調和しているように感じます。構築的で、規律があり、きちんとプレスされている。その佇まいには独特のエレガンスがある。いまでは、そうした装いは少なくなってしまった。だからこそ、むしろ以前よりも際立つ存在になっているのだと考えます」。

ジャケットを愛し、日々異なるスタイルを楽しむマイケル・ヒルとスタッフたち。それぞれの着こなしが、ドレイクスの提案する自由を体現している。

ジャケットやシャツ、タイが集まる開放感あふれる一室。スピーカーや本がさりげなく置かれ、まるで友人の部屋に遊びに来たような、親しみのある空間だ。
越境する美意識とスタイルの提案

英国内で完結せず、他国の技術も積極的に取り入れるドレイクス。その理由をマイケル・ヒルはこう語る。「いま、世界は以前よりもずっと近くなっています。各地にアクセスしやすくなり、距離は確実に縮まった。特定の分野で卓越した技術を持つ人々と協働できることは、とても素晴らしいことです。たとえば日本の藍染、インド・ジャイプールのハンドブロックプリント、アメリカ・メイン州のハンドソーン・モカシン、カナダのダウンメーカー。それぞれの土地に、誇るべき技術と長い歴史がある。そうした異なる要素を、ひとつの美意識のもとに統合する。その編集こそが、ドレイクスらしさを形づくっているのだと思います」。英国という土台を持ちながら、英国だけにとどまらない。伝統を守るのではなく、編集する。その姿勢が、いまのドレイクスの輪郭を描いている。

そして彼が服をつくるとき、大切にしていることがある。家族や尊敬している人、長年のお客様など、特定の誰かの姿を思い浮かべて仕立てることもあるが、本質はそこではないという。「大切なのは、多様であること。アーティストや俳優、シェフ、作家、写真家。まったく異なる分野で生きる人たち。国籍も背景もさまざまです。20代の若い男性もいれば、70代の紳士もいる。もちろん女性もいます。ドレイクスへの扉は、誰にとっても開かれていたい。私たちはスタイルを提案しますが、それを押しつけるつもりはありません。むしろ、お客様が自分なりの着こなしで現れること。そしてそこに驚きがあることが大切です」。

一枚持っているだけで、自信を与えてくれるドレイクスのジャケット。家族や友人、パートナーとの特別な時間にこそ袖を通したくなるたくなる存在だ。
ジャケットという自由

人生の多くをテーラリングとともに歩んできたマイケル・ヒル。彼にとって、”ジャケットを着る”ということにはどのような意味があるのだろうか。「それには本当に多くの意味があります。昨晩、私はバレエに行き、その後ディナーに向かいました。日中はウールチェックのスモックを着ていました。美しい服で評判もいい。でも、その服装のままではバレエやディナーに行くことはできなかった。不思議に思われるかもしれませんが、ジャケットなしでは行けなかったのです。ジャケットを着ていれば“きちんとしている”と言えると私は思っています。ジャケットさえあれば、どこへでも行ける。身も心も整い、仕事に向かう準備ができているという感覚がある。そこには明確なエレガンスがあるからです」。
スーツを着る人が減り、よりカジュアルになった現代。スーツは美しい。けれど、たとえスーツでなくても、ジャケットを一枚羽織るだけで気分が違う。「今日私が着ているようなジャケットもそうです。長い年月をかけて受け継がれてきた伝統の中で生まれた服。生地を織る人、仕立てる職人、その誇りが宿っている。そして何より、着心地がいい。エレガンスと快適さ。その両立こそがジャケットの本質です。私はほぼ毎日ジャケットを着ています。コットンやコーデュロイはもちろん、最近はツイードの気分です。春夏になればリネンや軽やかなコットンが増えるでしょう。来週のニューヨーク出張でも、また必要になるはずです。季節や場所に合わせて、美しいジャケットを着る。そのこと自体が、私にとって純粋な喜びなのです」。

マイケル・ヒルが30年を過ごしたサヴィルロウ。その看板はいまも色褪せない。若者も、紳士も、そして女性も。多様な姿が行き交うその風景こそ、いまのサヴィルロウの新たな景である。
Photo  Martin Alejandro EitoCoordinate & Interview  Ko UeokaText & Edit  Haruka Aoki

Related Articles