LITTLE SOUL CAFE [下北沢]

世界中の音楽好きが通う 下北沢の小さなソウルカフェ

自分ができることは
ミュージックバーしかない
ルーツミュージックを掘り続け
気づけば14000枚以上のレコード

下北沢の小さなレコードバーに、世界中から音楽好きや有名DJ、アーティストたちが連日訪ねてくる。それも今か今かと待ち侘びていたように、19時の開店と同時にお客さんが入り始め、8席のカウンターと2組のソファーはあっという間に埋まっていく。と名付けられたこの店は1999年にオープンし、レコードバーの先駆けとして25年間変わらずに同じ場所に在り続ける。レコードバーと定義されるお店は日本のジャズ喫茶をルーツにする日本独自の音楽カルチャーとして海外でも注目されているが、はその筆頭だ。店主の宮前伸夫はたった1人でこの店を切り盛りする。曲のセレクター、ホールスタッフ、バーテンダー。その全てをだ。そして驚くべきは、それだけ多くの業務をこなしつつ、1曲ごとにレコードのセレクトを変えていること。その選曲にコアな音楽ファンほど唸り、宮前の音楽知識の深さに圧倒される。ここでしか味わえない時間と経験を求めるお客さんが多い。「流す音楽は時代の変化に合わせながら、クラブミュージックのルーツとなるソウル、ファンク、ジャズ、ディスコ、ブギー、AOR、シティポップ、ラテン、レゲエなど幅広く扱います。もともとヒップホップやDJカルチャーが好きだったことから始まり、そのルーツを掘り進めるうちにレコードの枚数が膨大になっていきました。クラブカルチャーの進化や発展に影響を与えたであろう古い音源を軸にして、現在の新譜を織り交ぜながらの選曲スタイル。会話の邪魔にならない適度な音量と曲のテンションを心がけ、レコードバーならではの心地よいグルーヴ感を味わっていただければと考えています。でも音楽知識やレコードコレクションをお客さんにアピールするつもりはないですし、関心を持たれなくてもかまいません。たまたまレコードが流れているこの空間を、お客さんそれぞれのライフスタイルに自由に落とし込んでくれればそれでいいんです。僕はレコードを流したりお酒を提供したり、ごく当たり前の決められた作業を行っているにすぎず、何かを感じ取ったお客さんがいたとしたらその感受性はすごいなと思います」。飄々(ひょうひょう)とそう話す宮前だが、店内には壁を覆い尽くすほどの14000枚以上ものレコードが並び、いかに音楽を愛しているかが目で見てわかる。しかし決してひけらかそうとしない宮前だからこそ、誰でも安心してこの空間で音楽を純粋に楽しむことができる。

定期的に毎日更新されるブログもおもしろく、新たに収集したレコードに関する音楽談もこの店のユニークさだ。「ディスクユニオンなどで数百円で買ったレコードをただ流しているだけなので、大した作業なんてしていないですよ。1人でお店の全てをしていますから、曲選びに頭をそこまで使っていられない。脳の10%ぐらいしか使えないから、体で反応するままに曲を選んでいます。ただ適当であったとしても、最低にはならないようには気をつけています」。そう言いながら流し始めたのは、笠井紀美子の[Tell Me A Bedtime Story]。70年代の日本ジャズシーンで名声を博した歌姫こと笠井紀美子が、ファンクに傾倒していた時期のハービー・ハンコックと共演した名盤だ。その選曲だけで気分が一気に盛り上がってくる。

東京のミュージックバーの中でも
一番チープなサウンドシステム

「音楽やレコードは第一ではない」と話す宮前。彼はを通して何を表現しているのだろうか。「もともとは音楽やレコードというより、クラブのような空間が好きだったんです。DJがいて、真っ暗な空間で聴いたこともないような音楽が爆音で流れている箱のような非日常の空間が好きだったんです。だから学生の頃にクラブで働くようになり、お店のスタッフもみんなDJをしていたので、自分もなんとなくDJに興味を持った。それからレコードやターンテーブルを買うようになっていきました。なので僕にとってはクラブカルチャーやDJがいる環境の方が先で、音楽は空間に付随するもの。
は音楽やレコードにスポットを当てるというよりかは、そこから派生するカルチャー諸々を提供する空間にしたいんです。レコードやDJの作業というのはその手助けをする強いパーツぐらいに考えています。そうやって作り上げたこのお店が、お客さんの日常の中での非日常となり、少しでもリラックスしてもらえるとそれでいいんです。なのでこのお店は誰でも来れるようにハードルを下げているつもりです。店内は全てDIYで作りましたし、音響機器も大したものは使っていないですね。“初めてレコードバーに来ました”と言うお客さんも多いですよ。うちを入門編としてもらうことで音楽が鳴る空間やほかのお店に興味を持ってもらい、この業界の活性化や新たなスタイルのお店が生まれる種蒔きをしている感覚ですね。
20代後半になると誰しもが考えるかもしれませんが、自分は何ができるのか、自分が今までしてきたことをどんなものであれ形にすることが目的だったんです。僕はヒップホップが好きだったのですが、ラッパーだったらラップして、ビートメーカーだったらビートメイキングで自己表現していたことでしょう。でも自分は何もできなくて、それまでの人生でのクラブでのバイトやDJという経験と、コレクションした大量のレコードと家にあったDJ機材を寄せ集めどうにか形にしたのがこの空間だったのです。本当はクラブを作りたかったけどハードルが高すぎて、当時ワンオペかつ低予算でできることを考え、消去法的に行き着いた結果です。見栄えは悪くてもまずは形にすることを優先し、考えるよりも先に行動をしてなんとなく店が出来上がりました。無計画かつほぼ思いつきで始めたのもあり2年位で潰れると思っていましたが目的は形にすることなので失敗することはあまり気にならなかったです。気づいたら25年続いていました。家にあったものを寄せ集めて開店した経緯もあり、東京のミュージックバーの中では一番チープなサウンドシステムではないかと思っていて、お客さんには申し訳ないなと思うこともあります」。宮前のこの言葉とは裏腹に、気持ちのいい音楽体験ができる空間にとって機材が高級かどうかなどは関係ないと確信する。それよりももっと大切なことがあると、と宮前のスタイルから伝わってくる。

店内の壁一面を覆うようにレコードが並んでいる。ディスクユニオンでレコードを買うことが日課で、開封を待つレコードも少なくない。クラブカルチャーのルーツとなった曲がメインでありつつ、新譜のチェックも絶やさない。「今の空気、今のシーンを感じたいので、勉強のためにも新譜を買っています。最近買うのはほとんどが新譜です」。最近のお気に入りと言って教えてくれたのは、45trioの『A Little Spice』。Loose Endsが1984年に発表したナンバーを45trioがハウスやヒップホップの断片を散りばめジャジーにアップデートしたものだ。
人とレコードの関係を
眺めているのが楽しい

を25年に渡り1人で営んできた宮前。非日常の空間が好きだったと話すが、もはやそのような空間が宮前の日常であり、だからこそ毎日続けられてきたのだ。25年という時の流れを経て、音楽やレコードへの気持ちに変化はあるのだろうか。「良くも悪くもごちゃまぜになってる感じですよ。趣味、仕事、遊びが混ざり合っていてわからない感覚ですが、よく生きてこれたなとは思います。好きかと言われたら、正直わからないですね。でも嫌いではないし、学生時代とやってることは変わらない。自分のスタイルが時代に合わなくてお客さんが全く来なかった時期もありました。インターネットの普及につれてレコードはオワコンだと言われていた時期もありますが、10年ぐらい前から再評価されてきた。つまり新しい世代の人たちが、新しい評価をレコードに与えてくれたんです。でもそれは僕らが何かをしたわけでもなく、世の中の自然な流れでしかない。そんな人とレコードの繋がりの移り変わりを眺めていることがおもしろいんです。
時代がたまたまそういう風に回ってきただけのことですが、今はミュージックバーの文化が世界的に広く浸透してきていると感じます。こういう音楽空間やレコードが、次世代の人たちにとってはどのような価値となり、カルチャーとして進化していくのかを見届けたいという気持ちがあります。この音楽シーンにこれからもずっといたいと思っています。若い人たちに、どんどん新しいものを生み出していってほしいんです。そういう人に向けて何かを残したいと思いますし、これからもこの場所で続けていくのだと思います」。時代に左右されるのではなく、常にブレない軸を持つ宮前。その安定感が拠り所となり、この空間で音を聴き、酒を飲み、宮前と会うことが楽しみとなってくる。それこそが日常の中の非日常としての、の心地良さなのだと沁みるように感じた。

Left 取り揃えるお酒の種類の多さも魅力だ。ラムやクラフトジン、メスカル、プレミアムテキーラ、ウイスキーなど300種類以上のお酒が常時あり、新たなお酒も日々入荷している。「レコード同様に新たなお酒が毎日リリースされており、自分が飲んでみたいと思うものを並べています。まずは自分が興味を持つかどうかですよね。ビールしか全く飲まないお客さんが来たとしても、いろいろな選択肢を提示することが店の役割だと思います」。
Right NYヒップホップを代表するNASもを訪れ、2023年にリリースしたアルバム『Magic 3』に収録した『Japanese Soul Bar』はを題材にした楽曲というのはヒップホップのファンにはよく知られる。

LITTLE SOUL CAFE
東京都世田谷区北沢3-20-2 大成ビル2階
03-5454-9800

AUDIO DATA
MAIN SPEAKER : Bose 301AVM
TURNTABLE : Technics SL-1200MK3D
AMPLIFIER : Accuphase P370

ESSENTIAL MUSIC
LITTLE SOUL CAFEを象徴する10曲
01 Sylvia Striplin [ Searchin’ ]
02 Gary Bartz [ Music Is My Sanctuary ]
03 Leon Ware [ Why I Came To California ]
04 Weldon Irvine [I Love You]
05 Sergio Mendes And The New Brasil ’77 [The Real Thing]
06 Donald Fagen [The Nightfly]
07 Isao Suzuki Sextet [Feel Like Makin’ Love]
08 Kimiko Kasai With Herbie Hancock [Tell Me A Bedtime Story]
09 Ohio Players [Sweet Sticky Thing]
10 Curtis Mayfield [Tripping Out]

Photo Asuka ItoInterview & Text Yutaro Okamoto

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