only monochrome supported by RICOH GR
写真家・阿部裕介は なぜモノクローム写真を選ぶのか

だけど記憶はカラー
この世界をモノクロームでしか眺められないとしたら、景色はどのように一変するのだろうか。色がないことを退屈だと嘆くのか、それとも色を想像して楽しむのか。日常を非日常に変えてくれるそんなカメラが生まれた。スナップシューターとして数多の写真好きがポケットに忍ばせ続けてきたRICOH GRシリーズに新しく誕生したモノクローム写真のみを写すGR IV Mono chromeがそれだ。モノクローム写真のタイムレスな価値を探るべく、これまで8台ものGR歴代シリーズを使い込んできた写真家の阿部裕介にこの1台を託し、モノクロームの記憶を切り撮ってもらった。






GR IV Monochromeを手に、阿部は東京や沖縄で過ごした日々を撮影してくれた。その写真を振り返り、なぜモノクロームの写真に惹かれるのかを彼はこう振り返った。「僕にとってモノクローム写真は、カラーのように見えています。写真はモノクロだけど、記憶にはカラーで残るんです。モノクロはカラーよりも情報量が少ないので感じ入りやすいというか。カラー以上に色を考えられる、想像できる余白があるのが魅力だと思います。そして色がないからこそ、どの時代にも耐えられる強度がある。時間が経っても色褪せないのです。10年前に撮影したモノクローム写真を今見ても、全然色鮮やかに僕には見えます。今の時代の最新のカメラの性能には驚かされますが、現実以上に色が鮮やかすぎたり、いろいろなものが見えすぎている。でも僕が写真に求めるのは、記憶に残った断片のような曖昧さも欲しくて。“ノスタルジック”という言葉で世の中で表現されている感覚に近いと思います。カラーは事実を伝えることに合っていると思います。例えばニュースや商品写真など、正確な情報を伝える必要があるときに。でもモノクロームはそうではなく、ある種曖昧な余白が記憶的であり、僕が求める写真なのです」。







モノクローム写真を見ているときはなぜが心穏やかになる感覚があったのだが、「カラーよりも情報量が少なく、モノクロームには想像の余白がある」という阿部の言葉がその理由を説明してくれた。その意味でも、流れ続ける時間の中の一瞬をその前後の時間からスパッと切り撮る写真という装置がそもそも想像の余白が広いメディアであると考えれば、モノクローム表現がいかに写真に相性がいいのかもうなずける。「写真作家としての僕の最初の作品は、ある家族をモノクロームで撮影したシリーズです。当時はお金もなかったので、1本500円ぐらいのモノクロームのフィルムを買い、自宅で現像していました。全て自分1人で完結できたので、金銭的にもモノクロームを使うことが当時から多かったです。それからはファションブランドのショーをモノクロームで撮影したり、取材やポートレートもモノクロームで撮影することがベースとなり、僕の写真表現に欠かせないスタイルとなりました。だから僕の写真家人生はモノクロームから始まったといえます。僕のモノクローム写真を見た人の中には、『すごく色鮮やかでした』と言ってくれた人もいたことは嬉しかったですね」。

GR IVをベースにした、モノクロ専用モデル。カラーフィルターを完全に取り除いたモノクローム専用センサーを搭載し、一つひとつの画素が光を「色」ではなく「光の量」として捉えるため、解像感が極めて高く、光と影が混じり合う複雑なシーンでも圧倒的な描写力を誇り、暗い場所でもノイズの少ない滑らかなグラデーションを実現する。「決してカラーにはならないモノクローム専用機のため、黒鉛筆で描くような、フィルムカメラで撮影をするような一発勝負の感覚がありました」と阿部は使い心地を語った。
阿部裕介
1989年、東京生まれ。写真家。青山学院大学経営学部卒業。人と風景のあいだに立ち上がる物語を追いながら、国内外を巡り撮影を続けている。写真集に、高知のよさこい祭りを記録した『ヨサリコイ』、今井浜海岸で家族を撮った『Moments Will Fade』、インドを旅した『Relagaadee』『Shanti Shanti』など。俳優・仲野太賀、映像作家・上出遼平とともに「Midnight Pizza Club」を主宰。
| Photo Yusuke Abe | Interview & Text Yutaro Okamoto |












