Travel through Architecture by Taka Kawachi
歴史と文化を巡る建築旅行のすすめ 高度なシェル構造による美術館 河内タカ

白く流線型の特徴的な形状で知られる「豊島美術館」は、瀬戸内海の豊島の棚田に静かに身を潜めるように佇んでいる。この設計を手がけたのがSANAAの活躍でも知られる西沢立衛だ。通常の美術館とは異なり、この建物で常設されているのは美術家・内藤礼による『母型』のみ。しかも2010年の開館以来、その状態は変わることがないというほかに類を見ない美術館なのだ。ここはしばしば “日本で一番美しい美術館” として語られるのだが、その理由に建物そのものがアート作品のようであることと、周囲の自然と絶妙に溶け合うような唯一無二の空間だからだろう。
入り口で「館内での私語や撮影はお控えください」と伝えられた後、靴を脱ぎ静寂な空間へと進んでいくと、柱が一本もない、まるでスペースシップのような空間に息を飲んでしまう。平たいドーム型の天井にはふたつの丸い開口部があり、そこから差し込む光が壁や床を刻一刻と変化させている。時折風が吹きこみ、これまで遭遇したことがないような驚くべき仕掛けがなされている。美術館でありながら照明や冷暖房施設もなく、雨の日は雨も降り込み、静寂の中で屋外の虫や鳥の鳴き声も鑑賞体験の一部となる。
豊島美術館の有機的な形状は、周囲の等高線に合わせ貝殻のような滑らかな曲線で構成されていて、厚さがわずか25cmの薄い曲線のコンクリート壁で覆われているが、この壁の厚さが卵の殻よりもさらに薄い比率というのだから驚きだ。このような難易度の高い繊細な曲面を作るために行われたのが、当時世界でも類を見なかった「土を型枠にする」という珍しい工法だった。そのプロセスはこうだ。
まず設計図の形状に合わせて現場に巨大な土の山を盛り、その表面をモルタルで固めた土型を作る。それからその表面に鉄筋を巡らした後にコンクリートを均一に流し込んでいき、それがしっかりと固まった後に、中の土をすべて取り除くことで広大な空間が造り出された。しかしその一方で、このようなシームレスな一体成形は構造的に弱点となるため、継ぎ目をなくすべく24時間連続してコンクリート打設がされたことで、途切れのない滑らかな壁に覆われた空間が生み出されたというわけだ。

この建物で採用されたシェル構造*1という工法は、強度を出すために高く盛り上げるのが一般的なのだが、最も高いところでも天井が4.5mと低く、水平に広がる約2400平方メートルの巨大空間が自立しながら、自らの重さで崩れないというのもなんとも凄いことだ。コンクリートを重い塊ではなく「軽やかな膜」として採用することで、西沢がイメージした“柱のない水滴”という空間が生み出されたわけだが、こんな離れ業が実現できたのは、西沢の緻密な設計プランと佐々木睦朗*2による高度な構造計算、そして当時の日本の土木建築の技術力と職人の技があったからにほかならない。
作品のタイトルが示す通り、ここでの親密な体験はどこか胎内のような安心感を抱かせてくれ、来館者たちはその場に身を置き五感を使ってアートと自然の融合を味わうことになる。このように自分と向き合い、何かを感じ、気付こうとすることで、「生きていること」を再認識させるように、内側から湧き上がってくる静かな感動を覚えるはずだ。
1. シェル構造: 卵や貝殻の殻のように薄い曲面状の板を使い、荷重を面全体に分散させることで軽くて丈夫な構造を実現する建築工法。
2. 佐々木睦朗: 日本を代表する構造家(構造設計家)で、「せんだいメディアテーク」や「金沢21世紀美術館」などを手掛け現代建築の空間表現に革新をもたらした。
Teshima Art Museum
瀬戸内海を望む豊島唐櫃(からと)の小高い丘に建設された美術家の内藤礼と建築家の西沢立衛による美術館。休耕田だった敷地に水滴のような形をしたコンクリート・シェル構造の建物で、天井にある二ヶ所の開口部からは周囲の風や音、光を内部に直接取り込む有機的な空間となっている。美術館の周囲の植栽は全て豊島内に自生する雑草群で構成されていて、季節の移り変わりや時間の流れとともに繊細な表情を作り上げている。
香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃607
西沢立衛(1966-)
妹島和世と共に建築家ユニットSANAAとして活動する一方、1997年より自身の事務所も運営し、2010年には建築界のノーベル賞とさzれるプリツカー賞を史上最年少(当時44歳)で受賞。建物が主役になるのではなく、屋外と屋内が一体となる開放的な空間を作り出すなど、既存の部屋の概念を再定義する建築家として知られる。
内藤礼(1961-)
広島県出身、武蔵野美術大学卒。1991年の『地上にひとつの場所を』で注目され、第47回ヴェネツィア・ビエンナーレに出展。1980年代半ばより一貫して「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに、どこにでもあるような身近な素材を用い、ミニマルな物量と所作で、場や空間を異なるものへと変化させることで知られるアーティスト。
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)があり、今夏に本連載をまとめた新刊の出版を予定している。
| Text Taka Kawachi | Art Rei Naito “Matrix, 2010″ Photo Noboru Morikawa | Edit Yutaro Okamoto |












