ART Between Visibleand and Invisible TOMOKO YONEDA

時代に翻弄された偉人の 人間らしさに思いを馳せる

フロイトの眼鏡 ― ユングのテキストを見る II
1998 gelatin silver print
自身の弟子でありながら決別したカール・ユングから送られてきた、フロイトが唱えた「リビドー論」を批判する文書。フロイトはどのような気持ちで読んだのかと考えさせられる。

メガネを通して見つめる先にある手紙や文書。それらをただただ撮影するのではなく、メガネのレンズを通して撮影することであたかも自分が見つめているかのように錯覚させられる。驚くことにこれらのメガネは、哲学者ジャン=ポール・サルトルや心理学者ジークムント・フロイト、建築家ル・コルビュジェ、政治指導者マハトマ・ガンジー、小説家の谷崎潤一郎や安部公房らといった、後世に影響を与え続ける作品や思想を生み出した偉人たちが実際にかけていたものである。そして見つめる先にある書物は、彼らを当時思い悩ませていた作品や私生活の悩みに関する文章である。作品や思想は生み出された瞬間から一人歩きを始め、受け手や社会の解釈とともにどんどん巨大化していく。だからこそ生み出した当の本人たち自身は社会から誤解されていた節もあるのかもしれない。彼らはどのように生き、そしていかに“人間らしい悩み”を抱えていたか。有名無名に関わらず、人は人である。そう伝えるこのシリーズ『Between Visible and Invisible』は、20世紀の思想をテーマにリサーチを重ねてメッセージを発信する写真家 米田知子の作品だ。

ル・コルビュジェの眼鏡 ― パリ「近代住居」の講演原稿を見る
2003 gelatin silver print

「時代に翻弄された人たちをテーマに撮影してきました。歴史に名を残した、時代に影響を与えた学者や思想家、芸術家、音楽家、革命家といった著名な人たちではあるけれども、彼らは私たちと同じ人間です。当然ですが、彼らも一個人として日々を生きていたことに興味を持ちました。彼らのことを徹底的に調べていくと、大きな功績を残している反面で、マイナスに捉えられかねないトラブルも起こしていたりする。人間であるが故の葛藤をしながら生きていたのだと気づくことができました。
メガネは極めてプライベートなアイテムであり、“見る”という行為を助けるそのレンズを通じて彼らの内面を垣間見ることができるのではないかと考えました。メガネという道具とカメラという装置のレンズを通じ、一個人であり、かつ歴史に名を残す人物の精神心理に近づけるようなイメージを作品にしました。目の前にあるテキストは彼らのプライベートな一面であり、次世代に大きな影響を与えた人物のメンタルイメージを見る人は自由に感じ取ってほしいです」。

マハトマ・ガンジーの眼鏡 ― 『沈黙の日』の最後のノートを見る
2003 gelatin silver print

総勢13名の“時代に翻弄された人たち”を撮影してきたこのシリーズ。米田は興味を抱く人物について徹底的に調べ、彼らの当時の気持ちを想像していく。そして対象人物の遺族や財団などに話をし、メガネと書物の貸し出しと撮影の許可を得ていく。中には交渉に何十年もの月日がかかった作品もあるというから、米田のタフさにも驚かされる。作品のコンセプトやメッセージが生まれた背景には、米田自身が日々を過ごす環境の影響があるようだ。「ジャーナリズムを学ぼうと渡米しました。そしてあるとき、大学のサマースクールでカメラの講義を受けておもしろさにのめり込み、写真学科に変更したんです。その後英国に渡り、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修士課程に進みました。それ以来、ロンドンを拠点にしています。国外に出てからの大半を過ごしてきたヨーロッパの土壌と歴史は、戦争の繰り返しです。いつもどこかの国で戦争が起こっている。私がロンドンに移ってきた頃は、旧ソ連の体制が崩れて衛星諸国が独立し始めていました。時代のパラダイムシフトを肌で感じながら、今起こっていることは過去からの地続きであり、その歴史についてしっかりと考えた上で今起こっていることに向き合わねばと思ったんです。先人たちはどのような時代を生きていたのか、どのような気持ちで行動していたのかを想像し、表現したのが『Between Visible and Invisible』です。私が求める写真は、造形が美しいだけの表面的なものではなく、一枚の裏にどれだけのストーリーやメッセージを込められるかにあります」。カメラのレンズを通して、時代の先人たちがメガネのレンズ越しに見つめていた個人的な考えや悩みを切り撮った米田の作品。歴史や時間、そして人間の精神までもが写し込まれたこれらの写真群は、一枚の平面でありながらも物語を読むかのような奥行きに満ちている。

谷崎潤一郎の眼鏡 ― 松子夫人への手紙を見る
1999 gelatin silver print

米田知子
ロンドン在住。20世紀のイデオロギーをテーマに、徹底した対象へのリサーチを重ねてシャッターを切った写真を撮影する。戦争や震災の傷跡が残る世界各国に足を運び、その記憶を記録する制作を続ける。

Photo  Tomoko YonedaInterview & Text  Yutaro OkamotoSpecial Thanks  ShugoArts

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