MIDNIGHT PIZZA CLUB

山頂の先にある景色を求めて

俳優 仲野太賀、写真家 阿部裕介、ディレクター 上出遼平。3人がいたのは深夜のニューヨークを走るタクシーの中。ニューヨークで遊び終えた彼らが辿り着くのは、いつも決まってピザ屋だった。夜な夜なピザを食べ、帰り道のタクシーの中で誰かがふと口にした、「ミッドナイトピザクラブ」という名前。彼らはのちにネパールの標高3500メートルを超える峻険な山々へ行き、人生で忘れられない景色に出会い、忘れられない味に触れ、時には肥溜めにもダイブして、過酷な旅を繰り広げることになる。

あらゆる情報が最適化され、AIが世界の均質化を推し進める現代。私たちの生活からは『身体的感覚』が失われつつある。そんな中で彼らが選んだのは「非合理」と「不条理」の旅だった。都市の喧騒から離れ、自然という圧倒的な不条理に身を投じる。その目的は休息ではなく、麻痺した身体的感覚を呼び覚まし、感性を再生させるために不可欠な時間なのだ。なぜ彼らは傷だらけになり、時に命の危機に直面しながらもハードな山へ向かうのだろうか。“世界一美しい谷”と称されるネパール・ランタン谷で撮り下ろされた写真とともに、その足跡を辿る。

非合理で無駄な行程を楽しむ

上出 極論を言えば、山に登ることは完全に無駄で、しかも辛い。それでも山へ向かうのは、その行程にしかない体験があるから。非合理で無駄なプロセスそのものがとにかく楽しいし、それが登山の価値の本質なんです。僕には見たい景色が最初からなくて、このメンバーでの「行程」そのものがとても楽しい。だから意図的に、1日25キロから30キロという無理なスケジュールを組んで、わざと計画外のトラブルに陥るようにしてる旅もありました。

仲野 僕、キツすぎて怒ってましたから。

上出 だって、普通にゴールできちゃうスケジュールだとマゾになれないでしょ。下山したあとのビールや風呂が普通の味になっちゃうから、全く意味がない。ご褒美の喜びを最大値にするために、あえて自分たちをつらい状況に追い込む。入山してから下山後のビールまで、果てはこの書籍化や取材も含めて、すべてが僕たちの愛おしい「行程」なんです。そこに人生そのものが詰まっていて、これ以上に楽しいことはないと思える。あの景色を見に行こうというのは企画書用の建前で、本来はこのメンバーならどんな行程になってもとにかく楽しい。過酷であればあるほど、下山した後に飲むお酒が本当に美味しく感じるし、その境地は経験しないと絶対にわからないと思います。

仲野 本当に上出さんの言う通りで、プロセスがすべてなんですよね。約束して、準備して、明日のために早く寝る。その段階からワクワクが止まらない。一歩家を出た瞬間から胸が躍るし、ゴールはそこまで大事じゃなくて、歩き出した瞬間から旅としては完結している感じすらするんですよね。それに、山を一緒に歩くのって、街でお酒を飲むのとは訳が違うじゃないですか。お互いの人間としての弱いところをさらけ出して、頼り合わないといけない過酷な環境だからこそ、一緒に歩くことで相手のことを深いレベルで好きになれるんです。

阿部 あと、僕らに共通しているのは、「自分が最高だと感じた場所に、後から誰かを連れて行きたがり」なところ。3人で初めて登ったネパールのランタン谷は、僕は何度か行ったことがあって、2人にもこの経験や景色を見せたいと思った。

上出 そうそう。俺たちが最高だってなった経験を共有して、『どうだ!』ってやりたい気持ちがすごくある。ただただ、連れて行った相手が楽しそうにしてる「いい顔」が見たいんですよ。

自分と対話する時間

過酷な自然との対峙は、それぞれの主戦場である仕事や、人生観そのものにまで深い影響を及ぼしている。都市の喧騒から離れ、むき出しの自分と向き合い対話する時間について、3人はそれぞれの実感を語る。

仲野 山に登っているときって、すごく考えることが多いんです。長い時間、情報から自分をシャットアウトできる環境に入ると、普段の生活で頭を巡っていた邪念や無駄な思考が、ストイックに削ぎ落とされている気がします。テーマに対して、答えがどんどんシンプルになっていくんです。これは仕事にも通じる部分があり、役者として過ごしていると、常に鏡に映る自分を確認して、画面越しの自分を確認して、ずっと客観的な視点の中に生きているような気がしていて。でも、山に1週間入ると、自分の顔を1回も見ないような生活になるじゃないですか。そうなると、客観的な視点がどんどんなくなっていって、純度100%の主観的な自分を強烈に実感する瞬間があるんです。その主観と客観のギャップを経験することで、日常生活ではたどり着けなかった答えにハッとする。山を歩くというシンプルな運動によって人としての厚みが磨かれていくような気がするし、「山に入るほど、俳優としてソリッドになれる」っていう感覚は確かにありますね。

上出 人生への影響という意味では、幸せのベクトルを山から学んでいるのかもしれません。山を登っていれば、「全然お金なんていらないじゃん」って、自分が幸せを感じられるのはどの瞬間なのかを、頭ではなく身体的に理解できている。だから、他人に与えられた「これが幸せですよ」っていうテンプレートに惑わされづらくなった気がします。山を登る時は少しでも荷物を軽くしたいから、俺にとってこれは必要ないって真剣に精査して判断していく。そういう山での経験が、自分の生き方にかなり大きく関わっていて、それが当然のように仕事の決断にも影響していると思いますね。

阿部 僕はこれまでクライアントワークの制約に縛られすぎて、自分の表現方法がわからなくなっていたんです。でも2人からは、「自由にやりな」と。自分の心が本当に動いた瞬間にだけシャッターを切るという原点に戻れた。山を歩くことで、写真表現としても完全に解放されました。

山で過ごす道のりは、すべてが彼らの愛おしい「行程」。会話をし、助け合い、ただひたすら進み続ける。ゴールは、あってないようなものだ。街で暮らす日常では決して出会えない刺激に魅了された3人。求めている答えは、きっと緻密に仕組まれたスケジュールの先にはない。むしろ、予測不可能な「行き当たりばったり」の中にこそ、彼らが渇望する景色が見えると3人は語ってくれた。

上出 僕たちの旅って、基本的にものすごく行き当たりばったりなんです。最初のネパールは阿部ちゃんが企画から手配まで全部やってくれたので、現地に着くまでどこに行くのか分かってないくらい任せきりでした。2回目以降の計画は僕が担当ですが、毎回詳細を詰め切れないまま出発しちゃう。2人もよく理解していないけど「とりあえず行けばどうにかなる」というノリです。

仲野 本当にそう(笑)。アメリカの行き先をみんなで決めるときもそうだったよね。

上出 打ち合わせ場所のカフェに変なおじいさんがいて、席へ近づいてきた。「君たちは今、アパラチアントレイルの話をしているよね」と。僕はその人を「アパラチアンの妖精」と呼んでいるんですが、その人からの助言が決め手で行き先が決定しました。

仲野 でも、そういう抗いようのない大きな流れに身を委ねる方が、圧倒的に旅の醍醐味が膨らむ実感があるんですよね。スケジュールをガチガチに組んだ予定調和な旅は面白くない、というのがこれまでの経験則で。

上出 スケジュールをガチガチに決めた旅が面白くならないのは分かっている。だから、目の前の流れに「一発乗ってみるか」という構えは常にあるし、そこで起こる失敗やトラブルも全部込みで面白いんです。

仲野 だからこそ、あり得ないハプニングが次々と起きる。ネパールの山道で、僕のすぐ隣で阿部ちゃんがズボッと肥溜めに落ちて。その瞬間、愛機のライカだけは汚すまいと右手を上に掲げてカメラを守り抜いたんです。全身が汚れに沈んでいく姿は映画『ターミネーター2』のラストシーンのようで、今でも忘れられない景色(笑)。

上出 あの瞬間に、テンプレートに縛られていた阿部ちゃんの写真家としての魂が完全に目覚めたよね。

仲野 生きざまを見ました(笑)。しかもその日の夜、着いた宿の部屋は、電気がついていなくて真っ暗だったんです。どうしているかなと思って阿部ちゃんの部屋を覗いたら、シャワールームから微かな光が漏れていて。見たら、阿部ちゃんが頭にヘッドライトをつけた状態でシャワーを浴びながら、iPhoneで音楽を流して、湯けむりの中で自分の服についた汚れを必死に洗い流していました。あの光景は忘れられないですね。

阿部 本当につらかったんですけど、楽しい歌を歌いながらポジティブに捉えないとやっていけなかったんで、あれは僕なりの生きる術だったと思います(笑)。

3人が見据える
これからの旅路

ハプニングさえも「生きる術」として笑い飛ばす。予定調和を拒み、行き当たりばったりの混沌を突き進むミッドナイトピザクラブ。登山サークルの枠には収まらない、この3人が描き出す未来とは。

上出 僕たちはまず、この旅の記録を3部作にしたいですね。できれば6部作くらいまで形を変えてシリーズを続けていけたら面白いなと思っていて。極論、10年後、20年後、30年後でもいい。いつかどこかの若者がこの本を偶然手に取って、「なんか面白そうだから、俺も旅に出てみよう」って思ってくれるような、そういう息の長いバイブルにしたいという野望があります。『深夜特急』や『地球の歩き方』が僕たちに突き刺さったのと同じように。

仲野 本当にそうですね。僕自身、友達とこうやって旅に出て本を作るなんてまったく想像していなかった。だからこそ、せっかく始めたからには、これは「俳優・仲野太賀」の仕事ではなく、一人の「人間・仲野太賀」としての大きな代表作の一つにしたいなと思っているんです。それに僕たちは「ミッドナイトピザクラブ」って名乗っているだけで、別に「登山サークル」とは一言も言っていない。だから、これから10年、20年と歳を重ねて、おじいちゃんになったときに「今回はさすがに山はきついから、別のことにしようか」となっても全然いい。山以外の活動も含めて、この3人で何か面白いことを企てて、ずっと何かをやり続けていくことそのものに、一番の価値がある気がしています。

阿部 僕は、最初のニューヨークの夜に書いた企画書というか、写真集のラフみたいなものが今でも残っているんですけど、あのとき頭の中で「こういう本になったらいいな」って想像していたことが、今こうしてはるかに想像を超えた形で目の前にある。これが本当に感慨深いんです。僕の部屋の本棚には、1冊目の黄色い本が並んでいるんですけど、毎日それを見ながら、いつかこの隣にシリーズの続きが並ぶことを楽しみに想像しています。そして、これからもとにかく安全に、誰も欠けずに旅を続けたい。

頭で考えるのではなく五感で感じた「純度100%の主観」と、過酷な行程を共にした仲間の「いい顔」は、何ものにも代えがたい経験。むき出しの人間らしさで笑い合う3人の非合理な旅路は、これからも世界中の様々な場所でどこまでも続いていく。

仲野太賀
1993年、東京都生まれ。俳優。2006年にデビュー。近年の主な出演作にドラマ「虎に翼」、「新宿野戦病院」、映画「十一人の賊軍」などがある。2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では主演・豊臣秀長役を務める。公開待機作に映画「SUKI YAKI 上を向いて歩こう」(12月25日公開)がある。

阿部裕介
1989年、東京都生まれ。写真家。アジアやパキスタンの辺境など、世界中を巡りながら人と風景の間に立ち上がる物語を撮影。ドキュメンタリーからカルチャー誌まで幅広く活動する。写真集に「ヨサリコイ」「Moments Will Fade」など。

上出遼平
1989年、東京都生まれ。ディレクター、プロデューサー、文筆家。テレビ東京在籍時にカルト的な人気を博した「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズの企画・演出・撮影・編集の全過程を担う。独立後は、映像、音声、文筆など既存の枠に囚われない多角的な表現活動を展開。

Photo  Yusuke Abe
Taiga Nakano
Interview & Text  Jo KasaharaEdit  Ayuko Hashimoto

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