Ocean State of Mind Brendon Babenzien (NOAH Founder)
海からすべては始まっている

自身の人生を形づくるものは何か。その問いに、迷うことなく「海」と答えたのは、ブレンドン・バベンジンだ。Supremeのクリエイティブディレクターとして活躍したのち、自身のブランドNOAHを立ち上げた彼の人生の中心には、いつも海があった。ブランドのビジュアルやプロダクトの随所に漂う海という存在。その背景には、幼い頃から積み重ねてきた記憶と価値観が息づいている。その原点は、ニューヨーク州ロングアイランド南端に広がるグレートサウスベイにある。

ロングアイランドでの幼少期
「生後2カ月の頃、海が好きな母が連れて行ってくれたビーチ。それが、僕と海との長い付き合いの始まりです」。物心がついてから毎日のようにビーチへ通い、波の音や潮の香りに包まれて育った少年は、海とともに人生を歩んでいくことになる。「8歳の頃にボディボード、12歳の頃にはサーフィンを始めました。海は特別な存在ではなく、ずっと当たり前にそばにあるもの。水辺の環境そのものが僕という人間を形づくってくれました。それに気づいたのは、大学進学を機に内陸のペンシルベニアへ移った時です。海のない生活は、自分の一部を失ったような感覚でした」。ブレンドンにとってかけがえのない存在である海への思いをこう続ける。「サーフィンをしていなくても、水に入る機会がなくても、海の近くにいるだけで得られるものがあるんです。海辺特有の光。聞こえてくる鳥の声。潮の香り。人はそうしたものから絶えず影響を受けています。実際に海と触れ合っている時間だけではなく、その周辺のあらゆる時間が海とつながっているんです。だから海は僕にとって世界の中心と言っても過言ではありません。仮に明日サーフィンをやめたとしても、海の近くには住み続けたい。静けさ。波の音。匂い。光。海辺に存在するものすべてが僕には必要だから。多分、山で育った人は山に対して同じような感覚を持っているんじゃないでしょうか。特別に嫌な経験でもない限り、その場所を愛おしく思うもの。だから僕にとって海は、自分という人間を形づくるものそのものなんです。それがなかったらどう生きていいかわからないくらいにね」。
原点であるロングアイランドには、西側から東側までそれぞれ違った魅力があると語るブレンドン。「西側にあるロッカウェイビーチは、昔はそれほど馴染みがなかったけれど、近くに引っ越して波に乗ってみたら、その良さに驚きました。波が安定していて比較的読みやすいんです。一方で、イーストエンドの光は本当に特別です。海だけでなく湾や池もあって、夏の風景は格別。100年以上前から、ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングをはじめとした多くの芸術家がこの地に惹かれてきたのも、その光が理由だと思います」。
そして、海とともに育った彼の足元には、いつももう一枚のボードがあった。「実は、スケートボードを始めたのはサーフィンよりも先で、5歳くらいの頃でした。本格的に乗り始めた頃に使っていたのは、ローガン・アーススキーのデッキにACSのトラック、ロードライダーのウィールを組み合わせた、1970年代の定番的なセットアップ。ロングアイランドにもスケートパークはありましたが、祖父母が住むフロリダにはもっとたくさんあって、遊びに行くたびに祖母が連れて行ってくれました。僕たちが何時間滑っていても、ずっと待っていてくれたんです。スケートボードは今でも続けているものの一つです」。ブレンドンにとってサーフィンとスケートボードは、身体を通して自然や環境と向き合うための大切な表現手段だった。幼い頃から培われたその感覚は、彼の価値観や美意識の礎となり、後に立ち上げるNOAH以降ぜんぶの根幹へとつながっていく。

NOAHのものづくり
2015年、ニューヨーク・ソーホーで“NOAH”を立ち上げたブレンドン。ブランドには海を想起させるプロダクトやビジュアル、そして航海の精神を感じさせるモチーフがたびたび登場する。その背景には、彼が育った土地に流れる水の風景と、そこで積み重ねてきた記憶が息づいている。「僕がものづくりをするとき、何か特定のものを目指しているわけではありません。自分が面白いと思ったものや惹かれてきたもの、自分の世界観を形づくってきたものが、ブランドの個性として自然に表れているだけなんです。自分自身、NOAHをサーフブランドだとは思っていません。でもブランドには常に、海だけでなく“水”というテーマが流れています。それはサーフィンというより、僕が育ったアメリカ北東部の文化に根ざしたもの。ロングアイランドもコネチカットもロードアイランドも、人々の暮らしは常に水とともにありました。僕自身の思い出も、その多くが海だけでなく、湾や運河の風景と結びついています。だから水というモチーフがブランドに現れるのは、ごく自然なことなんです。意識して取り入れているというより、自分の一部として自然に湧き上がってくるものなんです」。海で過ごした時間や水辺の風景は、単なる記憶ではなく、NOAHというブランドを形づくる源泉となっている。


NOAHが提示する、
ファッションにおける機能性
ファッションにおいて、“機能性”とは何だろうか。ランニングシューズやクライミングギアのように、性能を追求することもそのひとつだ。しかし、ブレンドンがNOAHで大切にしている機能性は、そうした考え方とは少し異なる。「僕たちが考える機能性はもっとシンプルです。毎日使えることと、長く使えること。だから、あまり考えずに着られるように、最高の素材を使い、長持ちするものを作る。ファッションブランドというより、良い日用品を作っている感覚に近いんです。僕たちは人々の見た目を大きく変えるのではなく、日常の一部になるようなシンプルで誠実なものを作りたい。服はブランドのビジョンを表現するひとつの手段であって、僕たちが本当に伝えたいのは、どう装うかではなく、どう生きるかということなんです」。その思想は、NOAHが掲げる“自分らしさ”という価値観にも通じている。「今の世の中は、『今日はアスリートっぽく見せたい』『明日はプレッピーに見せたい』というように、イメージから入る人が多い。でも僕たちは逆だと思っています。音楽でもいい。スケートでもいい。テニスでもいい。まず何かを本気で好きになり、夢中になること。その結果として、服装やライフスタイルが生まれるべきなんです。イメージが先ではなく、生き方が先。それがNOAHの考えです」。

ブランドの根底に根付く
ブレンドンの世界観
ロサンゼルスに5月末オープンしたばかりの新しいお店には、レコードや航海用の真鍮製オブジェ、アヒルやクジラをモチーフにした小物などが並ぶ。それらは単なるディスプレイではなく、ブレンドンの記憶の中にあるパーソナルな原風景と深く結びついている。「服だけでは伝えきれない部分があるんです。NOAHは単なる服のブランドではありません。そこには音楽があり、海があり、鳥がいて、季節や光がある。服は、その結果として生まれているものなんです。だからお客さんにも、その背景を感じてほしいと思っています。ロングアイランドで育った僕にとって、アヒルやガチョウ、カモメの姿や鳴き声は、自分がどこから来たのかを思い出させてくれるものです。秋になると何百羽ものガチョウが南へ渡っていく。その飛び立つ音は、今でも僕が一番好きな音のひとつなんです」。
ブランドを立ち上げて10年以上が経った今も、ブレンドンは自身の創作の可能性について考え続けている。「5歳でスケートボードを始めてから54歳になるまで、僕はずっとこの世界で生きてきました。サーフショップやスケートショップ、友人のブランドで働き、Supremeで働き、そしてNOAHを始めた。だから最近は、これから先自分は何かできることがあるのだろうかと考えることもあります。本を書けるかもしれないし、別の何かを作れるかもしれない。でも今のところ、僕たちにできる最善のことは、より良い製品を作ることだと思っています」。
その視線は、ものづくりだけでなく環境にも向けられている。ブランドの年間売上の1%を環境保護団体へ寄付する“1% for the Planet”や、2035年までにニューヨーク湾に10億個の牡蠣の再生を目指す“Billion Oyster Project”への参加も、その姿勢の表れだ。「最近では、ロングアイランドのシネコック湾で海藻を育てる先住民女性たちのプロジェクトも支援しました。彼女たちは祖先から受け継いだ方法で海藻を育て、海をきれいにしながら生計を立てています。そういう草の根の活動を応援したいんです。僕は大きな組織がすべてを解決するとは思っていません。それぞれの地域で、それぞれのコミュニティが良い選択を重ねていくことが大切ではないでしょうか」。

良いものを、長く使うために
ブレンドンにとってサステナビリティとは、単に環境に配慮した素材を選ぶことではない。その根底にあるのは、本当に良いものを長く使い続けるという、ごくシンプルな考え方だ。「僕が考えるサステナビリティは、リサイクル素材を使うことだけではありません。本当に大切なのは、良いものを長く使い、賢い消費者であることです。NOAHでは、長く着続けられる最高品質のオックスフォード生地を使ったり、デニム生地を日本から調達しています。少し高価かもしれないけれど、何十年も使うことができる。だから僕たちは長持ちする服を作る。そして消費者には必要以上に買わないでほしい。流行だからという理由で買わないでほしい。本当に好きなものだけを選んでほしいんです。それこそが、最も現実的なサステナビリティだと思っています。だから、みんなに服を売りたいとは思っていません。本当に共感してくれる人に届けばそれでいい。流行に流されるのではなく、自分の頭で考え、本当に気に入ったものを選び、長く使ってほしいんです」。

豊かさとは、好きな時間を生きること
「この数十年、世界はテクノロジーと経済成長に強く引っ張られてきました。より大きな家。より高価な車。バッグ。サングラス。靴……。人々は常に『もっと』を求めてきた。それはアメリカ的な価値観が世界に強い影響を与えてきた結果でもあります。資本主義的な考え方は非常に強力でした。でも、今人々は少しずつ気づき始めているのかもしれません。意識しているかどうかは別として、『そうした物質的なものは本当はそれほど重要ではない』ということに」。
海とともに生きてきたブレンドンは、近年の人々の価値観の変化についてこう語る。「私たちは人間である前に、自然界の一部であり、生き物です。これまで社会は豊かさや成功を追い求めてきましたが、多くの人がそれだけでは満たされないことに気づき始めているのだと思います。だからこそ人は海や山へ向かう。自然の中に身を置くと、自分自身の感覚を取り戻せるんです」。そして、その自然とのつながりは今まで以上に重要になっているという。「今の子どもたちは外で遊ばず、画面を見る時間が増えています。でも本当の経験は身体で覚えるものです。匂い、風、温度、湿度、音。その体験は画面の中では得られません。僕は今でも春先の匂いを覚えています。凍っていた地面が溶け始める頃、ラクロスの練習へ向かう途中に感じた匂いです。その匂いを嗅ぐと、一瞬で当時に戻ることができる。春の新芽、夏の虫、秋の渡り鳥、冬の暖炉の匂い。自然は常に変化していて、その変化が人生にリズムを与えてくれるんです」。
最後に、豊かさについてブレンドンはこう語った。
「人生の豊かさとは“時間”です。結局、それに尽きると思います。家族と過ごす時間。友人と過ごす時間。好きな場所にいる時間。それが豊かさなんです。もし、自分がお金やものを追い続け、気づいたら75歳になっていたとしたら、それは人生を無駄にしたことになるかもしれない。僕は幸運なことに、好きな仕事をし続けることができています。だから仕事へ行くことが苦痛だったことはありません。豊かな人生とは、好きな人たちと、好きな場所で、好きな時間を過ごすこと。そして、その瞬間をちゃんと味わうこと。それだけです」。
| Photo Jack Shelton | Interview Erika Abe | Text Haruka Aoki Edit Takayasu Yamada |












