THE THINGS HAVAIANAS BEACH SANDALS
芝生に寝転び空を眺める 最高とはこのことをいうのだ 野村訓市

俺は靴好きだ。断言できるね。何故かって?そう聞かれると答えに詰まるけれど、多分靴というのがシンプルな格好を好むものにとって唯一といっていいほどの遊べる部分だからじゃないだろうか?体にまとう服に対して、靴だけは異素材だろうが、派手な色だろうが、それなりに馴染むじゃないですか。全身真っ黒のスーツを着ていたとする。そこで足元を同じ黒にしてもいいけれど、白とか赤を合わせてもおかしくない。場合によってはお洒落ですね!となる。こんな都合のいいものってある?俺は小さい頃から学校が制服だったので、私服でいろんなものを着れて学校に通えるのをとても羨ましく思っていたのだけれど、目立たない部分で何か違いを出したいとなると靴になる。みなこっそりと学校指定の靴を捨て、怒られない範囲で靴を変えたものだった。クラークスだったり、ペニーローファーだったり。エンジニアブーツとかを履く猛者もいた。まぁブーツだけど制服に合わせていたらただのオデコ靴に見えなくもないからね。
俺がそもそも靴にこだわりだしたのは多分サッカーをしていた小学校時代だ。「キャプテン翼」が大人気となったころで、俺はキーパーの若林源三のアディダス姿に憧れた。そもそもキーパーがキャップを被っていたらボールが見えないわけだからありえないのだけれど、あのトレフォイルロゴのキャップでアディダスを知り、それからスパイクを同じアディダスにしたいと駄々を捏ねたのが最初だ。アディダスにあそこまでこだわったのは人生においてあの時以外ないんじゃないかと思う。それからナイキを履いた。それはこだわりというのではなく、たまたま近所にあったスニーカー屋がとてつもなくマニアな店で色々なレアなナイキを売っていたからだ。成長痛という奴で膝に問題を抱えていた俺は、医者にクッション性のあるスニーカーを履けと言われて、探しているときにたまたまそこで最初期のナイキエアーのランニングシューズをゲットしたわけ。84年位だったから今も持っていたら加水分解してるか大金に化けていただろう。そしてその頃にヴァンズと出会った。新代田にあったBMX屋で売っていたヴァンズ。確か万超えで目ん玉が飛び出たのを覚えている。当時はアメリカ製ってだけで靴はなんでも高かった。1ドル250円くらいだったし。そういえばコンバースも高かった。バスケやる連中はみな国産のキャンバス製のハイカットを履いていたのだが、そこでコンバースのオールスター履いてる奴がいるとまぁ目立つこと。同じユニフォーム着ているのに靴が変わるだけでこうも見え方が違うのかと、足元マジックに関心したものです。それからジョーダンの1にハマった。バスケが理由ではなくスケートで。ソールの薄い1はバスケ業界では不人気だったらしいのだが、その薄さ、革製で丈夫というところでスケーターに人気だったのだ。俺の地元ではワゴンで叩き売りしてたような記憶がある。あん時のを今も持っていれば…。加水分解しているか大金に化けていただろう。ヴァンズは中学生のときに初めてロスに行ったときにそういえば買いに行ったな。ハンティントンビーチに直営店があってそこで買えたし、なんならパーソナルオーダーも出来た。あらゆるパーツを好きな色に変更できると言われてびっくりした、そんなことができるなんて考えも及ばなかったからね。それから学生時代はマーチンもよく履いた。デニムにマーチン、短パンにもマーチン、世がグランジやミクスチャーロック全盛の時だったから、それを気取ったわけですよ。スニーカーからマーチンに替えるだけで、いきなりグランジ度が増す。靴ってありがたい、あらためてそう思ったものだった。バックパッカーの頃は主にコンバースを履いてた気がする。ワンスターの星を全部違う色に塗ったり、オールスターを履いたり。長めのベルボトムの裾をずるずると引きずりながら歩いたり、または靴を全く履かないこともあった。裸足で空港にいったら、靴を履いていなければ通さないといわれて押し問答になったこともあった。セキュリティで靴を脱げとかいうくせに、いざ履いてないとそれはそれでダメってどういうことだと。世の中ってのは不思議なものだ。ビルケンのボストンを履いていたこともある。岩場の多い場所を旅するとき、指を保護してくれるボストンは頼りがいのある相棒だったのだが、暑い国で裸足で履いてると、だんだんとコルクベッドが臭くなるのが難点だった。それから日本に帰ってくると、世の中はナイキ一色に染まっていた。特にダンクとかエアフォースとか。あのボテっとしたのが当時は苦手で、1人アンチとしてヴァンズばかり履いていた。みながカラフルなスニーカーを履くなら、俺は1人で無地履くぜ、みたいな。そこからはまぁ基本ヴァンズのオーセンティックかチャックのローばかり履いてきた。楽だし、なんでも合うし、さらにいえば安くてどこでも買える。旅先で履き潰しても同じものを必ず買える。これは誠にありがたい。そしてそれが今に至る。
じゃあ、ここでクイズだ。俺が一年で一番長く、つまり頻繁に履く靴はなんでしょうか?答えはヴァンズでもコンバースでもない。それはビーサンだ。だいたい一年のうち最低5ヶ月はビーサンを履いている。何故か?それは暑いからですよ。地球温暖化のせいだか知らないが、特に東京は夏の気温がバンコクより高いという訳のわからない熱帯都市となった。しかも突然土砂降りの雨が降ったりする。そうなるとヴァンズやコンバースは非常に部が悪い。なにしろキャンバス製なので防水機能はゼロ、あっという間にぐしょぐしょに濡れて、濡れた靴下と完璧な不愉快さを生み出す。そんなとき何を履けばいいのだ?ゴアテックスのスニーカーか?違う、ビーサンを履いていればいいのだ。雨が降ったらそのまま足が濡れるだけ。靴下を履く必要もなく、公園にいったらすぐ裸足で歩けるし、飯を食いにいってもすぐ椅子の上で胡座もかける。そしてもちろん、海に行くときにビーサン以外に何を履く?そのまま海に入ってもよし、砂まみれになればパンパンと叩けばいい。俺は海外旅行に行く場合、大抵ビーサンをカバンに詰めていく。夏のニューヨーク、パリでもロンドンでも。公園に行き、芝生の上に寝転びながらビーサンを脱ぎ、頭上の空を眺める。最高とはこのことをいうのだ。温暖化のせいでこれからも夏の気温が下がることはない。むしろこれから上がっていく可能性の方が大きい。35度超えの夏日が当たり前のことになった東京で、俺たちはさらにクールビズを進化させていかなければならない。スーツ姿など最早論外なものとなり、シャツにネクタイはポロシャツへと変わり、革靴はスニーカーへと変わった現代。そこからさらに踏み込むとしたら?ポロシャツからTシャツ一枚に、スラックスから短パンに。そしてスニーカーからビーサンという格好を解禁しなければならないのだ。そこでふと考える。それって昔のインドにいたリキシャマンたちの格好ではないかと。デリーのクソ暑い夏のなか、人力で客を引くリキシャマンたちの格好はまさしくそれだった。つまりそれこそ最大限に涼しくしてくれる夏のワークウエアの最終系なのだ。そうすれば室内に入ったときの設定冷房気温もそこまで下げる必要もなくなるだろう。冷えちゃう格好なのだから。というわけで、海に山に都会にこれからはビーサン。そのとき、スニーカーのリセールマーケットもトドメを刺されることだろう。
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、12年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。
| Illustration T-zuan |












