Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi

光と影を追求することが 写真の強さを生む 野口強

Left. Bill Brandt “Perspectives sur le nu (1961)”
Center. Bill Brandt “Shadow of Light (1977)”
Right. Bill Brandt “London in the Thirties (1983)”
海辺のヌードを中心に収めた“Perspectives sur le nu”、光と影の美しさを追求した“Shadow of Light”、1930年代ロンドンの空気を写した“London in the Thirties”。ビル・ブラントの代表作には、人体、風景、都市を通して一貫した視点が流れている。重厚なモノクロームと鋭い構図によって生まれる緊張感は、現代の写真表現にも大きな影響を与え続けている。「ヌードもいいが、一見何気ないランドスケープ写真も絶妙でいい」と野口はいう。
ロケーションと被写体の関係性

今回のテーマは、ビル・ブラント。20世紀のイギリスを代表する写真家であり、ポートレート、ランドスケープ、ヌードと幅広い作品を残した作家だ。とりわけ海辺の岩場で撮影されたヌードシリーズは、人体でありながら岩や石のようにも見える独特のフォルムと、強いコントラストによって、今見てもまったく古びることがない。

野口がビル・ブラントの写真に出会ったのは、ロンドンを訪れた時だったという。時間が空き、いくつかのギャラリーを回っていた時に、ブラントのプリントを目にした。そこにあったのは、海辺で撮られた裸体のシリーズだった。
「最初に見た時、裸体を撮っているという感じがしなかったんだよね。人間の身体が風景の一部になっているというか、岩なのか、石なのか、人体なのかわからなくなる。その見え方がすごくモダンだと思った。身体の輪郭とか、耳や拳を、崖や石とリンクさせて撮るこのアイディアがめちゃくちゃお洒落だと衝撃を受けた。玉砂利の上に指があるだけなのに、ものすごくお洒落に見える。普通はそこを切り撮らないでしょ。人と見方が違うんだよね」。

ブラントのこうした表現は、日本の多くの写真家たちにも多大な影響を与えたと野口は見る。写真に限らず、多くのクリエイションにおいて過去の名作から影響を受けることは避けられない。ただ、それが単なる模倣で終わるのか、自分の表現へと変わるのか。その線引きは難しい。ブラントの写真を見ていると、その答えのひとつが“視点”にあることがわかる。耳や拳、指先、裸の身体。誰もが知っているものを撮っているはずなのに、ブラントの切り撮り方はまったく別のものに見えるのだ。

また、ブラントの写真にある魅力は、被写体そのものだけではなく、光と影の扱いにある。黒はただの黒ではなく、その奥に深い階調がある。影の中に質感があり、空気があり、重さがある。ロケーションで撮られているにもかかわらず、まるで緻密に組まれたライティングのように見える写真も少なくない。

「この時代の人たちは、光と影を本当に大事にしているよね。カラーが今ほど発達していなかったというのもあるだろうけど、その制限の中でどう勝負するかを考えている。今のデジタルでは、似たようなことはできるかもしれないけれど、この空気感はなかなか出せないと思う。それは、この写真集自体の印刷も同じで、効率化された今の印刷物とは違って、写真が生きている。だからブラントの写真はプリントもいいけれど、写真集で1冊を通して観るのもいいんだよね」。

では、スタイリストである野口にとって、ブラントの写真から学ぶこととは何だろうか。質問を投げかけてみると、「ファッション写真の文脈だけで見るのではなく、物撮りやジュエリーの撮影にも応用できる視点がある」という。

「洋服をそのまま置いても面白くないと思うけど、ああいうロケーションの中にジュエリーやアクセサリーが入ってきたら、すごく面白いと思う。山に靴を持っていって置くだけ、海に物を置くだけではつまらない。そこに光と影、フォルム、場所との関係性やそこで撮る必要性を裏づける強いコンセプトがないと意味がない」。

今の写真は、ロケーションの雰囲気だけで成立してしまっているものも多い。どこで撮ったかは見えるが、なぜそこで撮ったのかが見えない。ブラントの写真には、その場所でなければならない理由がある。身体の曲線と岩の凹凸、肌の白さと影の黒、海辺の空気と人体の緊張感。そのすべてが一枚の中で結びついている。

「今の若い人たちにも、もっと光を追求してほしい。ロケに行くと、雰囲気重視になりがちだけど、ブラントの写真を見ると、ロケでもライティングのように考えられることがわかる。光と影をどう見るか。その考え方を知るだけでも、写真は変わると思う」。

そしてもうひとつ、野口が今の世代に伝えたいのは、仕事とは別に“自分の写真”を撮る時間を持つことだ。

「仕事は仕事でいい。でも、それとは別に自分の作品として撮る時間を作ってほしい。若い時と歳を取ってからでは、光の見え方も影の見え方も違う。だからこそ、年代ごとに撮っておくべきだと思う」。

ビル・ブラントの写真集は、一枚の強さだけでなく、ページをめくることで見えてくる編集のリズムも魅力だ。重く、静かで、不穏な空気。そこにはイギリスという場所の気配もある。光と影、身体と風景、現実と抽象。その境界を曖昧にしながら、写真とは何をどう見ることなのかを問いかけてくる。ブラントの写真は、今の時代と真逆にあるからこそ、クリエイターにとって見る価値があるのではないだろうか。

野口強
1989年から、スタイリストとして長年国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌や広告を中心に活躍し、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも、写真集は状態を確かめるため実際に書店で確かめてから購入している。

Photo  Masato KawamuraInterview & Text  Takayasu Yamada

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